時々ふと思う、今現在までいったいどれくらいの音楽を聴いてきたのか…
そしていったいどれくらいの歌を覚えているのか…
子供の頃からたくさんの音楽を耳にして、たくさんの歌を聞いてきた。
たまに流れる昔懐かしい歌なんかのイントロや伴奏を聞いた途端頭の中の書庫の様なところから歌の歌詞が引き出されてきて、口ずさめたりする。
そんな時ふと[何曲ぐらい覚えてるのだろう]と考える。
覚えようと努力して覚えた歌も有るけど、子供の頃、自分にとってはドリフの番組なんかや、ベストテンやらヒットスタジオなんかで何となく繰り返し聞いていた曲も覚えてたりする。
音楽の授業で習った歌、失恋したときに心に染みた曲等々…
脳みそってハードディスクは恐ろしい容量のメモリ数だなあなんておののく。
自分にとって音楽は特別な要素の一つで、子供の頃鍵っ子だった頃に小学校でイジメにあい、親にも話せず学校では空気的存在になって…
一日誰とも話さない日はざらで、幼くして心に闇を持った時、辛い現実から逃げる為の方法として音楽がかなり役にたった。
両親の影響で幼い頃から音楽は聞く機会は多かったのが幸いして、現実逃避のツールを一つ持てた。
小学校の1年の時に街の会館に来ていた井上陽水のコンサートに潜り込み、勝手に聞いていたりもした。
あの人の歌は、聞く年代によって色々歌詞の解釈が違ってきて面白い。
小学校も高学年に差し掛かろうとする頃、姉の影響でキャロルやクールスなんかを聞き、サザンオールスターズ、ツイスト、ピンクレディーなんかもテレビで聞いていた。
歌詞として桑田佳祐の書く詞や忌野清志郎の言葉も好きだった。
しかしそもうち歌詞ではなく音での表現方法に興味が移行していって…
より深い所に逃避するようになっていく…
世の中にシンセサイザーなる楽器が広まり始め、現実逃避にかなり役にたった。
冨田勲、喜多郎なんかが自分を宇宙につれていってくれていた。
アバターの映画のようにヘッドホンというコネクターに繋がれた瞬間に仮想現実に身を置くことができる。
今考えると相当暗いませた子供であったと思う。
その頃から音楽を聞くと、勝手に頭の中でプロモーションビデオを作り出し、その世界に身を置くことで現実の辛さを逃れていた。
もはやドラッグの効果に近い。
程なくして世の中にはYMOを始めテクノといわれる音楽が広まっていった。
クラフトワーク、DEVO、日本では匕カシューやプラスチックスなんかも…
その当たりから音楽で国境を越え始めた。
当時まだMTVとかがやっと始まった頃で、聞き漁った。
今では気に入った音楽との出会いはネットを介して容易くなったけど、その頃は大変で…
お小遣いの少ない中で失敗ができないから、レンタルレコードのお店の店員さんとしっかり話て自分の好みを伝えて教えてもらったりもしてた。
音の制作者の意図するところを汲み出したのは小学校高学年の頃。
心の闇を打ち出した音や、誰かを愛して止まない想い、哀しみが織り込まれた音に心を震わせたりもした。
[そうなんだ、心の中の表現方法の一つなんだ]
絵画や、小説と同じで内に有るものをアウトプットする方法なんだと理解し出した。
そうなると表現者の一人になりたくなった。
小学校では校区ってのがあって、それを出てはならないと言う規則があったけど、それを破って一人電車に乗って大阪梅田の駅前ビルにあるローランドのショールームに通い、シンセサイザーのレクチャーを受けに行っていた。
ある程度音の作り方を教わった頃、親に相談してみた。
シンセサイザーが欲しい!
今でも欲しいくらいではあるけど、当時ローランドのジュピター8と言う機種の物が欲しかった。
価格にして約100万。
当然手にできる事は無かった。
余談ではあるけど、数年前楽器店にミキサーを修理に出しに行ったとき、それが中古で売られていた。
一人テンション上がっていたら、店員さんも同じ側の人で、二人でテンション上がったw
っと、まあここまでが小学校までの音楽との深い繋がりを持つ事の流れの説明的な感じ。
その頃音楽を知らなければ、ひょっとすると自分はもうこの世にいないかもしれない。
その頃の副産物として、音楽を聞くとき勝手に頭の中でビデオが流れる。
そのイメージと現物のビデオがかけ離れている物を作っているアーティストはあまり自分には浸透しない。
逆にイメージ通り、もしくはそれを上回るビデオを作っているアーティストだとかなりの確率ではまる。
この場面ではあの曲、もしくはあの曲にはあの景色のマッチングは大切だと思う。
勿論主観でしかないので自分勝手な話ではあります。
いじめは人の心に闇を生みます。
どこかへしゃげた心になります。
人の表情から目が話せなくなります。
周囲の目を怯えながら生きることになります。
事故防衛から変な攻撃性を持ったりもします。
自分にも何かしら後遺症は残ってはいます。
でも死んだら終わり。
心の闇をアウトプットする術を持てば、少なからず救われる者もいると思う。
アウトプットが無理なら代弁者を、音楽でも活字でも絵画でも映画でも演劇でもダンサーでもいいから見つけ出せたら心の中を少し軽くできるはず。
こんな景色で、こんな曲で、こんな人を隣に置いて、こんな自分になりたい…
自分はそう思って生き延びてきました。
現実はかけ離れた大人になってしまってますが、とにかく生きてます。
結局自分は表現者の一人には今のところなれてはいないけど、その才能を持つ多くの表現者の皆さんにお願いしたい。
商業ベースも間違いなく大切だけど、誰かの救いになってたりすることも思い浮かべて製作する時も…お願いします。
そして多くの救ってくれたアーティストの皆さん有り難う。
中学からダンスと言う表現方法に出会った話はまた今度。
とりとめの無い文章を最後まで読んで頂いた方がいれば、本当に感謝です。