阪神淡路大震災の時に思った事 | にゃんたのてくてく日記

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メイドさんのお絵描きしてます。模型も作るニャ。

にゃんたは阪神淡路大震災の時阪神高速勤務で

家から歩いて5分のところに営業所があり

慌てて現場に行ったら机と椅子がひっくり返っていて料金収受用のロール紙の段ボール箱が散乱していたので真っ先に片付けたけど余震ですぐひっくり返されていた

その後湾岸線の住吉の橋が落ちたとか聞き

勤務者の安否が心配になった時に朝イチのバスで会社に来た人が

何かあったの?寝てて気づかなかった

と言って入って来た時この人大物だなぁと思った

(=^・・^=)

その後、一旦帰宅したら本棚の本は散乱し

家具もえらいことになっていた

家の片付けが一段落した後

西宮の友人の安否が気になり

自転車でペットボトルや食料品を積み込み

国道43号線を西進したけど3号神戸線は倒壊

道路はえらいことになっていて

朝に出発したのだが着いたのは夕方だった


JRや阪急の駅も半壊していて

鉄道の復旧に時間がかかるなあと思いながら

友人の家族に会えて無事なのにほっとし

一緒にサンリツパンをかじって自転車で帰ったら

もう明け方になっていた

その後何回か自転車で往復したが

お弁当の淡路屋さんがタダでおにぎりを配っていて凄いなぁと思った

逆にローソ◯は、阪神高速が通行止めになり

救援物資を届ける事しか使えないのにも関わらず

大阪方面で賞味期限切れかけのおにぎりやサンドイッチを高速料金も払わず神戸に運び

有償で販売していたと聞き

同じ店でもえらい違いだと思った

(タダで配布していたという話は聞かず)

三宮で真っ先にシャワーを無償提供したのが

ヘルスの有名店だったのは知る人ぞ知る話である


その後神戸線も復旧したが

あいも変わらず渋滞が多発するのに

何故あの時三車線に変えなかったのか

は未だに謎である


※2015年の記事を再編集