建築意匠の芸術的価値、構造体の技術的価値、建築史上の学術の価値がある歴史的構造物の保存の仕方について、まずは曳家(structure relocation)という着眼点から、古建築保存における西洋と東洋の違いを垣間見ることができると考える。

 

 When a historic building has been moved, it loses its integrity of setting and its " sense of place and time"-important aspects of the historic character of a building and its environment. 西洋人からすると、曳家によって古建築をほかの場所へ移動したら、文化財として重要不可欠な要素である完全性や「その場」「その時代」という歴史的アイデンティティを失ってしまう。

 

 一方、日本の場合、愛着のある古い建築や文化財などを壊さずにそのままの姿で移動することは最善策である。具体的には、寺院の増築のため、高さ約30メートル、富山県にある古建築の三重塔を70メートル移動させる例がある。

 

 

 ヨーロッパの考えとしては、ある時代を反映するという役割を果たしている古建築には、過度に干渉すべきではない、修復・保存と言っても最小限に抑えようとする。つまり、建築という物質が重要である。日本は、物質的な部分というより、建築ならではの精神的象徴の方を重要視していると思う。木造の塔をバラバラにして、まるで生物の新陳代謝のように、使えなくなった部品を新しい部品に変えて、再び組み立てることによる解体修理。西洋とは全く違う仕組みで古建築を一新する。

 

 ヨーロッパは石造建築が主流になるのに対して、日本建築は歴史的に木造建築で建て続けられている。木造建築は災害に脆弱であるという特徴があるため、30年一回の定期修理と、150年一回の根本修理など、定期的な修理が必要。根本修理の仕組みは、解体、壊れた部分の調査、修理計画の再検討、材料の補修、再び組み立てる、竣工という。

 

 

 ヨーロッパの建築家たちは古建築修復に異なっている考えを示した。当初の材料に内在する価値を重視し、これを修復によって取り戻すことが不可能であると、19世紀のイギリス建築学者のジョン・ラスキンは断言する。建築そのものに価値があるという考え方はヨーロッパの修理方法に大きく左右していた。つまり、建築を健全な状態に取り戻すのではなく、経年による劣化を減速させることによってその寿命を延ばすことである。そのため、最終的に「最後の日」が訪れて、建築が倒壊することは避けられない運命とする。そしてその時、失われた建物を再建してその記憶を捏造してはならないとする。

 

 建築家のウィリアム・モリスはジョン・ラスキンの原理を再強調し、あらゆる修復を否定した。「修復」の代わりに「保護」を置いて、日々の手入れによって劣化を食い止め、これらの修理の手段を隠れそうとせず明確なものにし、これ以外は建築の現状のまま残して、その材料と装飾に手を加えることを控え、現在の使用に不便になった場合には、変更や増築をせず、代わりに新しい建物を建てる。つまり、われわれの古建築を、過ぎ去った技術によって作り上げられているため、現代の技術では壊さずに介入できない、過去の記念物として扱うべきであると、モリスは主張し、反修復運動を率いた。

 

 近代、「最小限の介入」、「材料の最大限保持」、「可逆性」という保存原則を提唱し、アテネ憲章、ヴェニス憲章などは多くの国に認められ、古建築修復の基準となった。

 

 1994年に開催された木の委員会の第九回国際会議において、マルステインとラルセンが「第一草案」を発表し、これに変更を加えて、1998年まで「第五草案」と「最終草案」が作成された。それに基づいて採択された憲章においては、「解体修理」に関する条項が次のようになった。

 

 「歴史的木造構造物に対しては最小限の介入が理想的である。ある一定条件下では、歴史的木造構造物を保護・保存するためには、その全体または一部を解体し、修理した上組みなおす必要があり、この行為も最小限の介入の意味に含まれる。」

 

 しかし、「最小限の介入」と「解体修理」の間には根本的に異なる理念があり、「解体修理」を「最小限の介入」の範囲に含めることが受け入れ難く、この憲章においては両者の矛盾が乗り越えられていないと言わざるを得ない。その矛盾の背後にある本質的な問題は西洋と東洋文化やものの見方の違いである。

 

 国際化が進みつつあるグローバル社会においても、国際保存憲章という物差しでその文化の違いを調和しようとしても難があると考える。国際保存憲章では、文化的意義を構成する価値、それらを守るための保存原則を列挙することができるが、具体的な文化的意義の評価及び保存原則の優先順位に関する判断は、個々の建物について行うべきであり、これについて国際保存憲章で規定することが不可能だろう。

 

 しかし、国際保存憲章は、議論を可能にするための基本的な理念的枠組みを作るという重要な役割を果たせると思える。現地の基準と修理の伝統を優先し、保存の理念と技法に関する相互理解を得るための努力が必要。地域性を重視し、押し付けることなく互いに尊重しつつ独自のやり方で伝統文化を受け継ぐべきではないかと考える。