言わずも知れたグレアム・グリーンの「ヒューマン・ファクター」を読み、その余韻で感覚の一部がフリーズしている。
スティーブン・キングの「呪われた町」「シャイニング」を読んだ時もそうですが、映画と言う媒体の影が見える。
年代と言う要素か、国と言う要素か、英米は似ているように感じ、「ヒューマン・ファクター」には、イギリス人的なのかコリン・デクスター「ウッドストック行き最終バス」「キドリントンから消えた娘」は雰囲気が似ているような。
フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」辺りも何やら匂う。
流石に荒唐無稽さがない。黄金期の探偵小説のような大袈裟さはない。それでいて90年代以降のサイコのテイストは弱い。
余韻、と言う言葉が浮かびましたね。小林信彦が、遠藤周作が絶賛していましたね。極めて洗練されている。
※本文とは関係ありません
1週間で、満開から一転していましたね。