司馬遼太郎と言う天才作家がいる。
最近、俄に時代小説の復権、人気となると、歴史小説が低迷だと分かる。
良い歴史書が現れてきていると、以前には感じなかったんですが、司馬遼太郎とは高級講談だ、と言う指摘は言い当てていると。つまり、半分嘘、全部?。
小説家にとって嘘が、嘘とは分からないくらい巧みな文章表現が出来る事は最上級の褒め言葉、だから、リアリティが必要な訳で、なんら貶めている訳ではなく、三島由紀夫は司馬遼太郎を避けていたと言われるのも、東洋のインテリの習いか三島由紀夫が陽明学に寄っていった事と、哲学は哲学で完結しているもので、つまり現実と文章表現なんて関係ないよ、と言い切る司馬遼太郎とは相容れない。
司馬遼太郎が作った人物がいる。
坂本竜馬
坂本龍馬とは、まるで違うと指摘された時もありましたが、世の坂本龍馬像は司馬遼太郎が作り出した、「竜馬がゆく」、凄い、大傑作。更に、織田信長、斎藤道三、辺りは、史実から遠すぎる、違う(なにせ斎藤道三は2代に渡るそうで、そもそも一人ではない、との事)と指摘されているが、「国盗り物語」の面白さからすれば、批判になっていない。
では、司馬遼太郎の作品に描かれた人物のチョイスとは何なのか?何を描いたのか、となる。
勿論小説家なんで、巧みな嘘を描く訳ですが、となると、
実際と違うと分かっていることを描いたのではないか、実像とまるで反対の事を強調して描いたのではないか。肝心な事は描かない、サラッと流し、嘘の要素は極大化する。なにせ天才作家。
すると、西郷隆盛大久保利通「翔ぶが如く」、江藤新平「歳月」、大村益次郎「花神」、乃木希典児玉源太郎東郷平八郎,或いは日露戦争「殉死」「坂の上の雲」、黒田官兵衛「播磨灘物語」、豊臣秀吉「新史太閤記」
史実は押さえつつ、人物、出来事を、まるで真逆の解釈、を描いたのではないか。まさに創造。
ハワイに行った方からのお土産。