残念な事に、たまたまか、認めてくれない人に囲まれている場合が。
それで、
見返してやる、となる。
意識している場合と、意識はしていないで、単純にパフォーマンス、アピールが足りないのでは、と気に入られたい、所謂承認欲求にまみれる。
朗報ですが、
人は、認めたい人を認める。つまり承認とは大概相手次第。
或いは、そのシチュエーションでは必要ならば承認される。必要が無くなれば、承認されない。
見返してやる、は不毛です!
自己成長(変化)が起きて、合わなくなり、齟齬、反発、不快さが出てくるのは、実はチャンス。容れざるはその大なるを知る。容器に入らなくなる。その際、自ら小さくしてしまう場合がある。
適応。
成長とは、大概、それまでの在り方の破壊。穏やかで出来ればいいんですが、それが人格とか人柄と呼ばれるものでしょうが、なかなか「上手く」はいかない。変化がある。対立やら不快感、不満。
アク(悪)
の要素がありますね。
悪が悪のままでは芸がない。
大義、教養が難の為にあるのか?
稀に、優れた能力やら人格を認めない集団がある、ので要注意ですね。
嚢中之錐と言う言葉がありますが。