意外と現実的なのは、

親切
人助け

多少差し引いても、人に関心を持つこと。
眼を、外に向ける。

そうしないとどうなるか?

「自分にだけに関心が出る」

視野が狭くなる訳です。

ヨーロッパでは、東洋で言うところの隠者ですら、集団を組みます。修道院。

孤高で有りたい人達が、群れをなす。
G・K・チェスタトンによると、西ヨーロッパでは、人が一人だけでいる事を良しとしない。


説教臭く言えば、人と共にある事で、人から人間になる。

孤独を感じるならば、やはり、単純に人と交じる。一人でいない。

そうなると、孤独とは、行動力やら、恥の感覚の克服、人と会う為のコミュニケーションスキルの問題となります。

「ひとりで悩んでないで」となるのかもしれませんね。

外とは、本ではないし、ましてインターネットでもない。
これまた単純に、外。
家の外側。

外国まで行く必要はありませんが、家の中にいる事でもないし、出先で携帯ゲームをしている事でもないんです(笑)

外国人観光者、特に白人はスマートフォン片手に、何人かつるんで日本観光を満喫していますが、携帯はナビやらメモやら時計として使っていますね。ゲームはしてません(笑)

ちなみにタイでは、ペントハウスの若い専任運転手の子に何時も駅まで送って頂いていたんですが、待合室でスマートフォンで音楽(演歌っぽかった)を流しながら、歌いまくっていました。かなり声がで大きかったです。健全と言うか健康的だなあと微笑ましかったですね。国柄か。

※本文とは関係ありません。