織田信長は、戦国時代を終わらせ、天下一統の流れを作り、畿内を中心に躍進中に安土城を築きました。道半ばで本能寺の変で散ります。
その後継者たる豊臣秀吉の大阪城、更に戦国の三傑の殿、徳川家康の江戸城も自身の政権が確立する前に築城しています。
天下は定まっていません。流動性な時点での築城です。
1941年にアメリカ、イギリスは大西洋憲章を出し、大戦後の世界構想を示しました。
アメリカは開戦すらしていないのにも拘らず、で、所謂アジア・太平洋戦争が始まっていません。
日本も戦後構想(目的)は出しました(大東亜共同宣言)。敗戦したので忘れさられています。
勝って兜の緖を締めよ、と言う言葉があります。
優位な態勢でいる時の隙を注意喚起している言葉ですね。
中曽根康弘元総理大臣は、東京大学から内務省に入省しましたが、首相は衆議院議員ではないと成る事が出来ないと分かり、衆議院に打って出、当選しています。同期は言わずと知れた田中角栄は勿論、なんと吉田茂!
キャリアの初めから内閣総理大臣ありきだった訳です、凄い。
中曽根さんは、首相になる前から!、首相になったらすることを、ノートに書き溜めておいたそうです!
因みに吉田茂の孫は麻生太郎副総理大臣(元総理)、中曽根康弘の孫は中曽根康隆衆議院議員。
中曽根康弘元総理大臣は、80年代を戦後の総決算の時期とし、新保守主義的な政策をアメリカのレーガン大統領、イギリスのサッチャー首相とともに進めていきます。時はまさに日本の経済的成功の絶頂期。経済的大国日本の顔として内外に存在感をアピールしていましたね。
※本文とは関係ありません。

刺身とメンチの定食 アヒージョ付。