韓流ドラマ、美男美女に、起伏のあるストーリー。

面白い、ハラハラドキドキ、わくわくする作品もありますね。

それに比べて、日本のテレビドラマは、と言いたくなるんですが。



話は変わり、変えてはいないんですが、

小説と言う(形態?)ジャンルの元祖は、なんと日本。
かの有名な「源氏物語」

と言われていますが、通常は、イギリス発で、チャールズ・ディケンズ辺りと言ったところでしょうか。

チャールズ・ディケンズが、進化すると(?)、ロシアでドストエフスキーになり、アメリカでジョン・アービングになる。

ロシアでは様々な社会的要請から、ゴーリキー、ツルゲーネフやら、ドストエフスキー、更にトルストイと、小説を進化、ハイブリッドさせました。小説と言うメディアが異様に必要とされたんですね。

日本でも、幸田露伴に、森鴎外、夏目漱石と、特に、漱石の文は今の日本に流通する日本語に近い、つまり現代日本語の発明者の一人でしょう、言葉自体は、西周やら福澤諭吉やらでしょうが、明治期は小説と言うジャンルが登場します。
そして、大江健三郎の「万延元年のフットボール」「洪水はわが魂に及び」くらいまでは、読み物やらエンターテインメント以上を期待され、かなり社会問題とリンクし、それでいて自身も社会にコミットしながら発表するもんだったんです。夏目漱石が留学した時に小説を読んだ。漱石の使命は、大英帝国の強さの根源を知る事。いざ小説を読む。オースチンあたりを読んだ。「高邁と偏見」。

あれっ、となった。

漢学の素養のある漱石にとって、かわされた様な。
軟弱と思ったかどうか。

※本文とは関係ありません。



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