サンクチュアリ
は意識化にはないかもしれない。
意識化されない自分の性質は内側からアタックを掛けてくる。
その声なき声に耳を傾け、
初めは声にもならない音
あるいは響き
を聞き逃さなければ
捉えることが出来たならば後ほど
増幅され
熱さえ帯びている

叫び

に振り回されなくてすむはずだ。

煮詰まる。

と言う状態になっている段階で事態は抜き差し成らない程切迫しているはずだ。
選択の余地がない
と。

一段階自分のフェーズを上げて俯瞰鳥瞰を決め込め段階はとうに過ぎている。

イチかバチか
活路を見出すために
一旦死んだ気になって!
と言うシチュエーションは避けたいものだ。

死中活有リ

孫子の『兵法』の
死地に当たる。
がむしゃらに脱出方法を考え実行するのみだ。

だいぶ戻る。

自分は誰かを知る。感情とは行動を遮られた時に起こると島崎敏樹氏が書いていた。同意せざる負えない。その通りだと。

遮られた時、
『自分はまるまるだ』と言う所謂アイデンティティを刺激されるわけだ。ネガティブに反応する。

例えば
あなたはいい加減ですね、と言われてネガティブな反応をするならば
自分は立派だ

とか

自分は真面目
だとか
自己規定しているわけだ。

自分がどのように自分を規定しているかはネガティブな反応をしている時点で逆照射されているわけで。

ここで提案なのは
所謂
自分
でないもの

言い換えれば

自分らしくない
出来たならば
楽しいことをする。

または自分らしくないキャラクターを創造し演じる。

難しいことではない。

秘密を持てばいい。
(違法行為と言った類のことではありません)

スポーツ好きで勉強事は苦手と言う人はセミナーに行く
とか
通信添削を受けてみる
とか。

ここで大切なことは
秘密にすること。