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「志津市民プラザ」(佐倉市上志津1672-7)の近くで、
とても由緒ありげな碑を見つけました。
(京成電車添いの、踏切の近くです。)
よく見ると、「遭難者追悼の碑」と言う文字が刻まれています。
きちんと花が手向けられていて、
地元の人から大事にされているのが伝わってきました。
こんな山中でもない平地で、
なんで「遭難者」なんだろうと、不思議に思いました。
家に帰り、ネットで調べてみると、
どうやら、京成電車に関係がありそうです。
はるか昔、京成電車は、本当に田舎の中を走っていました。
(今でも、充分、田舎ですが。)
そして、特に、この踏切の辺りは、本当に辺鄙で、
草が鬱蒼と生い茂っていたそうです。
それで、見通しが悪くなり、電車が近づいているのに気付かず、
線路内に入ってしまい、多くの人が亡くなったとのことでした。
そうした方々と、一般的な「遭難者」の両方を、
追悼する為に建てられたのが、この追悼の碑です。
建てたのは、東昌吉さんと、その妻、りよさんだそうです。
(昭和28年7月のことでした。)
家の近所も調べてみると、様々な、
知られざるエピソードがあるものです。
歴史の神秘の一端を、知ったような気がします。
とても興味深い話でした。