
* 花の国へ *
(" 従兄弟の隅窓に " 番外編)
従兄弟はときどき、 遠い何かを見つめていた。
夕暮れの庭で、 薔薇の香が濃くなるころになると、 遥かな呼び声を聴くように目を細めるのだ。
ある日、彼は微笑み言った。
「花の中に紛れて眠りたい」
それは冗談のようで、 夢の続きを口にしたようでもあった。
けれど僕は、 胸の奥でひそかに震えた。
花は美しすぎる。
白い花びらは月の欠片のよう、 紫の影は夜よりも深く、 香りは記憶をとろけさせてしまう。
そんなものに囲まれ抱かれたら、 従兄弟は本当にこちら側に戻ってこられなくなるのではないか。
朝になれば、 寝床には誰もおらず、
ただ薔薇の茂みの奥で、 ひとつだけ見知らぬ花が咲いていて、その花弁の重なりのどこかに、 彼の微笑みが隠れているのかもしれない。
従兄弟は幻視者だ。
雲の裂け目に城を見つけ、 葉末を渡る風に音楽を聴き、 誰も知らぬ存在の名を語る。
だから僕は恐れる。
夢を見る人は、 いつか招かれる。
花の精霊たちは、 きっと彼を愛するだろう。
夜露の王冠を載せ、 白薔薇の寝台を与え、 香りで紡いだ言葉を囁き、
「こちらへおいで、美しい子」
と呼ぶだろう。
そのとき彼は、 振り返るだろうか。
僕の名を覚えているだろうか。
それとも花々の陰で、 星の光のように淡く笑いながら、 自分が人だったことを忘れてしまうのではないか。
だから僕は、 彼が「眠りたい」と呟くたび、 どうか目覚めて帰ってきますようにと、密かに祈る。
花の国はあまりに美しく、
時として、 夢見る人々を連れ去ってしまうから。