3・11-。
悪夢の大震災に見舞われた、東北地方。
ここにも、演歌なシンガーたちは存在する。
今回ご紹介するのは、岩手県大船渡。
この地の出身歌手には、かの有名な『新沼謙治』がいるが、
このブログは”若手”中心にピックアップしているのでー、
ジャン!!
【大沢 桃子】様であります!
わざわざ”様”をつけるところに、筆者の思い入れがうかがえるところやけど、まあそれはおいといて![]()
大沢桃子を語るとき、重要な”キーワード”がある。
それは・・・
『シンガーソング・ライター』
『書道の達人』
『二人の師匠』
ファンならば、誰もが知っていることなのだが、
彼女は女性演歌歌手では珍しく、自分の曲を自分で手がける。
このことについて、以前雑誌インタビューで本人は、
「曲書いててくれる人が、いなかったんで(笑)。」
などと、語っていた。
これが、本当なのかどうかはわからないが、
彼女の曲作りの才能を育んだのは、ひとりの師匠である『寺内タケシ』だ。
どういう縁があったのか。
それは、もうひとりの師匠、『浅香光代』の紹介によるものである。
このあたり、くわしく書き出すと長くなるのでやめるが、
ぶっちゃけ、踊りの師匠が浅香先生、音楽の師匠が寺内先生ということである。
寺内タケシのもとでスタッフとして修行しながら、曲作りのノウハウを盗んでいたのだという。
そんな大沢桃子の生み出す曲には、どこか”土”の香りがただよう。
これはもちろん、彼女の故郷『大船渡』の香りだ。
生まれ育ったふるさとを心から愛し、ふるさとにこだわり続ける証であろう。
今年は彼女にとっては、忘れられない年となった。
郷里が被災した直後には、女手ひとつで育ててくれた最愛の母と連絡がとれなくなったが、それでも遠く離れた場所で歌い続けた。
幸い、母親の無事は確認されたが、彼女が愛したふるさと大船渡は、見るも無残な姿となり、多くの命が失われた。
その”代償”なのか、はたまた犠牲になった人々の祈りなのか。
ほどなくして、岩手県【平泉】は世界遺産に登録されたのである。
このように、いいことも悪いことも一度にやってきた年だった。
奇しくも来年は、大沢桃子10年目の節目を迎える。
今回の一連の出来事が、彼女の転機となり、さらなるステップ・アップへの踏み台であったと信じたい。
新曲『涙唄』。
それは、けして後ろ向きな悲しみの涙ではなく、
いつの日かふるさとが復興を遂げたとき、
おもいっきり流す、歓喜の涙なのかもしれない。












