ひとしきり街を歩き回ると、日頃鍛錬を欠かしたことのない私の体にも、疲労の色が見え始めた。
それはそうだろう。
鍛錬しているのは、ゲーム内のVariettaだからだ。
街に漂う香辛料の香りと何かが焼ける匂いが、私の胃袋を刺激する。
市場で魚を見かけた時から、今日の夕食は魚と決めていたところだった。
それに、ちょうど喉も渇いた頃だ。
私は魚のグリルをほお張り、それをビールという名の黄金の液体で胃袋に流し込むことを夢想して、レストランの扉を開いた。
実際は、たまたま声を掛けられた呼び込みのおやじの口車に乗せられて、屋外のレストランに座らされたわけだが。
「ん?あんた、魚が好きかね。うちは魚も旨いよ!席は外になるけど、ホラ、暖房点けるから!」
言い忘れたが、私は英語を話すのはあまり得意ではないものの、相手が言っていることは大半を聞き取ることができる。
ただ、その内容がよく分かっていないだけだ。
だから、会話の内容はその場の雰囲気や相手のジェスチャーで判断することにしている。
とにかく、私は寒空の下で、ビールを注文した。
そして、料理をオーダーする。
魚を食べることは決めていたが、いかんせんメニューに書いてあるものの意味がよく分からない。
魚の場合は、魚の名前と料理方法の意味を知らなければ、メニューを読むのは厳しいものがある。
かろうじて読みとれた、「Fish」の項目の中から、エビや貝ではなく魚っぽいものをチョイスする。
「Bluefish?サバか?」と適当に当たりをつけ、そのグリルを注文した。
サバに見えなくもないが、どうやら違う魚だったらしい。
まあ、いい。
サバみたいな味であることには変わりない。
それに、悪くない味である。
店のおやじが、さらに「カラマリはどうだ?おススメだ。」と何かを推してくる。
カラマリ?
何だ?カラマリとは?
「カラ回りしているのはあんたの頭じゃないのか?いや、私の頭だ。」
などと、あまり関係ないことが頭をかすめたが、もちろん口に出すはずがない。
「ホワット イズ カラマリ?」
私は止むなく尋ねた。
おやじは黙って私の左後ろの壁を指さした。
そこには、やけにリアルなイカの絵が描いてあった。
さすがに満腹だったので、私は持てる語彙の全てを駆使し、相手の気分を害しないように、丁重に断った。
「オー、スキッド!アイスィー。ノー、サンキュー。」
その代わりと言ってはなんだが、「ラク」なる飲み物を試そうと思った。
これは、この国の代表的な酒で、アニスの香りがきついがノンベエにはくせになる味だ、と私のバイブル「地球の歩き方」には書いてあった。ただ、断わっておくが、私はノンベエではない。
「ラク ダブル プリーズ!」
私は勢い余って、ダブルを注文していた。
シングルが8リラ、ダブルが10リラだったため、ダブルがお得だと考えてしまったらしい。
グラスにダブル・フィンガーで運ばれてきたラクは、ちびりと舐めただけで強烈な刺激臭が口と鼻を貫通させた。いや、もともと貫通しているか。
ヤバイ。この酒はヤバイ><
頭の中にヨッパライ警報が鳴り響いたため、私は水をもらい、水30:ラク1の割合で水割りにしてゆっくりと飲むことにした。
それでも、飲み終わる頃にはすっかりいい気分になっていた。
店を後にしてからの足取りは極めて軽く、昼間の歩行速度の3倍にも達していた。
その時の私には、高速道路でも眉ひとつ動かさずに横断できるだけの自信があったようだ。
すっかり暗くなった。
今の季節、ここの夜は長い。
夕方5時には真っ暗になり、それが朝7時まで続く。
そんな夜を楽しむのが、大人の過ごし方である。
孤独を愛する私は、このような屋外ではなく落ち着いた部屋で一人過ごしたかった。
つまり、時差ボケとお酒のせいでオネムなのだ。
そんなわけで、ホテルに帰ることにした。
早足で歩いたのと酒のせいで、体はポカポカしていた。
マフラーとニット帽をはぎ取り、火照った体を夜風にさらす。
そして、あまりの寒さにすぐにマフラーを巻き付ける。
私は家路を急ぐ人々が目指すであろう、駅の方向に足を向け、トレンチコートの襟を立てた。もっとも、ユニクロのダウンジャケットに襟は付いていないので、イメージの中だけで。
ただ、私はこの時、すっかり忘れていた。
駅がどこにあるのか、全く知らないということを。
そして、ホテルに帰るには、船かバスに乗るしかないということを。
(おわり)

