今からちょうど50年前、1968年のダービー。私が25歳結婚する年だった。

その年のダービーは、タケシバオー、マーチスの2強時代でアサカオ―がそれに次ぐ人気だった。

 

前評判はタケシバオー、マーチスの一騎打ちで、鉄板ダービーで銀行レースだとマスコミも連日報道していた。

それを否定する人も少なく、退職金をすべてつぎ込む人たちも現れ、大きく報道された。

 

 私も、前評判があまりに堅すぎると言うので、競馬歴5年の浅いキャリアでは新聞も馬券も買うつもりはなかった。

 

 ダービー当日の朝、夢で目を覚ました。

 

夢の中で、タニノハローモアという名前を連呼するアナウンサーの声。

 

夢の映像は、白い帽子の馬が、悠々と先頭を走っている。

 

最後の直線で、アナウンサーのタニノハローモア、タニノハローモアと、叫び続ける声。

 

「1枠1番タニノハローモア優勝!」この声が耳に残ったまま目を覚ました。

 

 急いで日刊紙に目を通すと、1枠1番にタニノハローモアの名前が・・・・・。

な・な・なんと。 載っているではないか!

 

 競馬新聞を買ってもいないし、見てもいない。

 

これは正夢に違いない!と確信し、東京競馬場へと急いだ。

 

 私は、タニノハローモアの単勝と1枠から7・8枠へそれぞれ1000円づつ買った。

普段はあまり馬券を買わない父親も、一口乗った。と言って1-7と1-8を1000円づつ購入。

前の週のオークスが雨の中の荒れたレースで、5・6000円の配当を付けそれもとっていたので、

特券勝負ができた。

 

 家でテレビ中継を見ていて興奮した。

正しく夢で見た通り、スタートから1枠1番タニノハローモアが先頭に立つと、そのまま楽に逃げ切って

勝ってしまったではないか!

2着にタケシバオー、3着アサカオ―4着マーチスと人気通りに入って、単勝3600円枠連が6・7000円

ほどの配当金だったと思う。

合わせて10万円ほどになったと思うが、当時の10万円といえば大変な金額で、今ならどれくらいだろうか?

 

 当時の馬券は、単勝・複勝・枠連の3種類だけで、今のように馬単、馬連、ワイド、3連単、3連複などが

あれば、そのすべてが取れていたことは間違いない。

 

 このことが、私の頭の中に記憶として残り、後年キタサンブラックが1枠1番に入った時も、キングカメハメハが

1枠1番の時も迷わず1枠1番から流して、馬券を的中させている。

 

          ”ダービーで逃げ馬が1枠1番に入ったら、迷わず買うべし!”

と、声を大にして言いたい。

 

 (余談だが)

 東京競馬場で、横山典が逃げ馬に乗って1枠1番に入った時も、私は迷うことなく1番から馬券を購入し、

何回も稼がせてもらっている。

 

     競馬にはいろいろジンクスがある。次の機会にまた・・・・・。

 

    ※『人生100年時代』後期高齢者の仲間入りをしたやっさんが、これからの25年を楽しんで生きろ様を

      書き綴る『楽しんで老後の人生を生きる』を(アメブロ検索)に入力、検索してぜひ読んでみてください。

      旅と酒、東京名所旧跡再発見、写真、グルメ、犬の散歩と出会い、競馬ブログ等々を書き綴ります。