何だかんだと難しいことを言うよりも、美味しいものを食べる方が手っ取り早く幸福感を満たせるんだろうなぁ。


友達と話してた内容をきっかけに、そんな視点を手に入れました。


教えて貰った活動は、このファーマーズマーケット。


http://www.farmersmarkets.jp/


渋谷の青山学院大学前にある国連大学の敷地内にて、毎週土日に開催されている無農薬有機野菜の直売市です。


新鮮で美味しい、安心して食べられる野菜が格安で手に入るという、実に素晴らしい催しとなっています。


実際にその友人の家へ突撃して相伴に預かってきたのですが、この野菜がまた本当に美味しいんですよ。


野菜本来のしっかりとした味わいを楽しめました。本物の野菜の甘みや苦味は、改めて味わうと格別の美味しさでした。



通常のスーパーなどで手に入る野菜ってのは農協が流通させているものですが、このJAの規格ってのがまた曲者なんですよね。


物流のシステムが充実してない時代に定められた基準が数十年の時を経過した現在でも生きているんですから時代遅れといっても差し支えはないでしょう。


様々な点で変な処が数多あると言われていますが、僕は特に残念なのは収穫の時期だと感じています。


イチゴやトマトを例に挙げるのが一番分かりやすいかと思うんですが、JAの流通規格に合わせると実の赤みが3分の1くらいになった頃に収穫するんですよね。


それ以上に熟してから収穫された野菜は、輸送中の形崩れやら腐敗しやすさなどの面で出荷できない決まりになっているのですが、


味の面でも栄養価の面でも、その2~3日の差ってのは非常に大きな違いになるんですよね。家庭菜園を経験してる人なら明確に分かるんじゃないかと思います。




旬を知ることで季節の移ろいを感じるとか、自然の恵みの力を感じるとか、家族で食卓を囲むコミュニケーションとか、食事が人生に与える影響を軽視しがちだったなと認識させられました。


それに本当に単純な話ですけど、美味しいものを食べてるときってやっぱり幸せを感じるもんですよね(笑)


まぁとにかく、高級食材をふんだんに使った糖尿病まっしぐらな料理だけが美食なんじゃないんだと実感できる、価値ある野菜がGETできるイベントです。都内で自炊している人は要チェックですよ。

書いてる途中で消えてしまったので、できるだけ簡潔に書き直します。


人間性を磨く上で宗教ってのは切り離せない存在だと確信するのですが、宗教に対する一般的なイメージは


 A:難しい・面倒くさい、という“よく分からないもの”

 B:すがる対象・心の支え、という“自分には必要ないもの”

 C:絶対の服従・指導者による搾取という“嫌悪すべきもの”


という3つに大別されている模様なんですよね。そのどれもが、敬遠する理由になってると思います。


ていうか実際問題、宗教をやってる人の多くはBやCの枠に収まっちゃいますからねぇ。間違った認識とも言えないとこが困ったもんです。



対して、僕が持っている宗教に対する認識は“生き方の美学”という捉え方なんですよ。


スポーツや仕事が出来る方がカッコイイ、みたいな感覚と同じようなもんです。


「“カッコイイ生き方コンテスト”を企画・運営しているサークル」だと言ってもいいでしょう。


また、僕が宗教関連の書物や人物に接するときの態度と言うのは基本的に、


「“俺の生き様は素晴らしいだろ?”なんて自己陶酔に浸ってる人の言葉遊び」


なんていう、このブログを読んでる人が僕に対して取っているであろうスタンスと等しいのです。



斜に構えて、穿った見方で、疑惑の眼差しを持って宗教を取り扱うのは断然アリだと思うし、むしろそれくらいがベストだと考えてます。


そういう態度で触れていても、「確かにそれはカッコイイな!」と思わず納得してしまう生き様をした人物や、その教えがゴロゴロ転がっているのが宗教の世界でしょう。


また、何となく感じてたことを言語化してたり体系化してたりもして、扱いを間違えなければ便利なもんです。



別の言い方をすれば、宗教は「どんな生き方が理想であるか」を考えて実践してきた人達の歴史だと思うんです。


花の慶次で使われている俺の好きな言葉に、「『我』を『美しくする』と書いて『義』」という表現があります。


自分の命を本質的に美しくするための美学は他にも数多あるでしょうが、その中でも特に有力で、価値を内包しているのが宗教じゃないですかね。




そんなわけで宗教は価値があるし、もっと気軽に有効活用すればいいし、気楽に話題に挙げちゃってもいいのになぁ、などと僕は考えているのです。


「宗教についてどう思うだなんて、いきなり何を言い出すの?勧誘?」みたいな目を向けなくてもいいじゃないかと主張したい(笑)


ちなみに俺が好きでおススメする宗教は神道・仏教・儒教・道教・武士道なんかの、日本的な精神の礎を築いている東洋系思想ですね。カッコイイです。


西洋的なユダヤ系一神教の宗教はイマイチ好きになれないですねぇ。教えに関してはいいこと言ってるじゃないかと感じることが多々あるんですが、


全知全能の神様、ちょっと器が小さすぎやしないかと感じてしまって食指が正常に働かないんですよね。


あ、もしカトリックとプロテスタントの違いについて簡潔に教えてくれる人がいたらメッセージよろしくです。

6月に入りました。


7月頭に待っている松下政経塾の募集締め切りが迫り、


今の派遣の仕事は今月中で辞める事が決まり、


致知出版社との御縁で若獅子の会という集まりへも参加し始めます。


この一ヶ月でまた状況が様変わりすることは明らかで、期待に胸が躍る日々を過ごしています。


何年も毎日同じことの繰り返し、という生活にはまだしばらく縁がなさそうです。



さてそんな、非常に重要そうな期間の真っ只中にいる俺なのですが、


なんと麻雀モードが始まりました。


このモード中の俺は独りでいる時間には思考回路の7割近くが麻雀に関する思索で占められ、時間が出来る毎にフリー雀荘へ通う日々を送ります。


 ※フリー=一人で来店した客同士で卓を囲んで打つこと。4人集まって店を借りる場合は「セット」と呼びます。


もちろんブログを書こうとしてもネタが出て来ないし、興が乗らないわけです。


そんなわけで、今日はいっそのこと麻雀をネタにしてブログを書こうと思うのです。



俺が麻雀を本格的に始めたのは18の頃でして、一時期はもう廃人のように打ち続けていましたね。


頻度は週に9回くらいのペースでした。え、計算が合わないですって?


徹夜麻雀を約束したセットまでの時間にフリーで打つんですよ!


今でこそ、そこまでの頻度ではないですが、それでも少なくとも月に4回はフリー雀荘で遊んでます。店員とも顔なじみです。


そんなこんなで麻雀に嵌って早8年ですよ。そろそろ中堅クラスと言ってもいいんじゃないかと思っていたりします。


他のギャンブルは一切やらない俺ですが、何故そこまで麻雀が好きなのか。それは俺が麻雀を人生修行の遊戯とも捉えているからなのです。


俺が人生修養の基礎を学んだのは麻雀と三国志大戦だとキッパリ断言できます。ドラクエⅢの如き「遊び人→賢者」ルートを現実に歩もうとしているのが俺の生き方です。


以上を踏まえて、麻雀を通じて俺が学んだことや、今も修行している項目を挙げられるだけ列挙してみます。


・運のせいにしない

・人事を尽くして天命を待つ

・自らの行動を省みる

・なすべきことをなすことに集中する

・気持ちを切り替える

・目的から逆算して行動を選択する

・心の状態が運命を左右する

・心が折れたら負け

・部分だけでなく全体を観る

・自らの境遇に固執しない

・相手の都合も考える

・相手を信頼する

・空気を読む

・1つ1つの行為に意味を持たせる

・僅かな選択の積み重ねが大きな違いをもたらす

・目指した以上のことは実現しない

・現実を受け入れる

・“ありえない”なんて事はほとんどない

・希望的観測と否定的観測のバランス

・理性より直観の方が信用できる



まだ出てきそうですが、ひとまず20個挙がったところで止めてみましょうか。


一つの遊びで、これだけ多様な事を学び、鍛錬できるのって凄いと思うんですよね。


運とか不確定要素で勝負が決まることが非常に多いですが、だからこそ実力の差が重要なんだと俺は思います。


勝負事は強い方が勝つとか勝った方が強いとか、そういう単純なもんじゃないと考えるんですよね。目の前の結果に一喜一憂するのは少し浅い見方でしょう。


麻雀で言うなら33%の確率で1位を取ったら圧倒的に強いという評価になりますが、逆に言うなら圧倒的に強くても67%は勝っていないわけですよ。


しかしその67%の間にも、運が巡って来れば勝つだけの選択と行動を常に取り続けてる。この姿勢が大事なんです。


運に左右はされても、自分の手が及ぶ範囲に対しては妥協しない、慢心しない。人事を尽くして天命を待つとはまさにこれだと確信しているのも麻雀を通じての所が大きいんですよね。麻雀大好きです。




まぁやることはやっておかないと困るんですけどね!


ブログで改めて思いの丈を綴ってみたし、今回の麻雀モードはもう収束させておきましょう。6日間で3回雀荘に行ってるペースで今月を過ごすのは俺自身の優先順位的にも違いますわ。


麻雀モードのおかげで財布もかなり潤ったし、今月はやっぱり対外活動と自己修身に精を出して行きます。そんなことを考えた今日この頃です。



いやーしかし麻雀はやっぱり楽しかったです。今後も完全に辞めることはないでしょう。麻雀愛してる!