話は長くなりますが
ご興味のある方は
おつきあいくださいませ
2026年1月17日
父が逝去いたしました
父が危ないという
連絡をうけ
東京にいる姉が
慌てて大阪へ
午前中9時頃
無事に母と姉で
父を看取ることができました
ラインのビデオ通話で
海外在住組も
最後のお別れができました
(こういうときの文明の進化は
有難いですね)
父が大好きだった
末っ子の妹は号泣
(シドニー在住)
私は比較的冷静に
うけとめました
(ゴールドコースト在住)
わが家は三姉妹
妹と私は
オーストラリア在住
姉は東京
とういことで
妹と私は
すぐ飛行機の手配から
この時期
日本へ行く
オーストラリア人の
観光客が多く
飛行機チケットも
残りわずか
という状態でした
(しかも結構高い、笑)

妹も姉も
バリバリのキャリアウーマン
当然夫たちも仕事で多忙
私は主婦ですが
息子が高校3年生
とういことで
2026年は受験で正念場
大事な時期ということで
我が家も結構多忙
結局
火葬場の手配
住職の予定
フライトスケジュール
さらに週末をはさみ
仕事の休みを減らす
などを考慮し
1月24日お通夜
1月25日お葬式となり
家族がみな大阪に
集まりました
死から1週間以上たっての
葬儀となるので
遺体は安置所に保管
(お金はかかりますが)
そして
エンバーミングもしました
これは「死体防腐処理」
ということで
遺体の腐敗を防いで
衛生的に保存するため技術で
2週間まで保つことが
できるそうです
(こちらも料金かかりますが
近年の技術はすばらしいですね)

↑エンバーミングで
きれいな保存状態でした
父は末っ子
母は下から2番目
父の兄弟は現在
全員天国へ
母の兄弟は全員健在ですが
なんせ上は90代と80代後半
両親は関東出身なので
親戚は全員関東に在住
年齢もあり関西への移動は難しく
いとこも多忙と思い
知らせずに小さな小さな
心温まる
家族葬となりました


やはり日本
「家族葬だからいらない」
といったにもかかわらず
姉の働いている会社
姉の夫が働いている会社
から花束が届く
(外資だけどね、笑)

お通夜の夜は
お線香を絶やさないように
三人姉妹がこちらで
父とともに就寝
(テーブルは片づけてくれます)
畳でお布団を敷いて
姉妹で寝たのは久しぶり
そして・・・
翌日はお葬式

実は若い頃の父と私は
顔のイメージがかなり似ている
らしく…
(自分はそれほど思わない、思いたくない、苦笑)
子供のときは
父が学校などに迎えに来ると
先生が
「絶対誘拐でないから安心だ」
と笑われたほど
因みに三人姉妹で私だけ
似てるようで
母が若いときに
モデルスクールに通っていて
顔もスタイルも良かったらしく
(若いときを知っているまわりのお話ですが、笑)
私は父に似てると言われると
微妙な気分だったのですが
それもおばちゃんになった
今となれば
微笑ましい思い出です
本当に厳格で門限5時や
お酒やたばこは問題外
女の子は
寝床をかえてはならぬと
友達同士の旅行も禁止
大学になりようやっと
サークルのような付き合いで
夜中の11時59分までは(笑)
1年に一度ほどは許して
くれましたが(汗)
かならず車で迎えにきました(呆)
しかし
とても面白くやさしい父で
冗談は
話ができる時までしてました
(苦笑)
のどが痛いときは
ネギをやいて巻いてくれたり
熱で節々が痛いときは
マッサージもしてくれたり
おいしいレストランを
見つけたら必ず
家族を連れて行く
そんな父
とにかく
おいしいものが好きで
食へのこだわりは
普通でなかったです
母のことが大好きな父
夫婦仲が大変よかった
父と母
そんな父にも
もう会えませんが
心の中にたくさんの
思い出が刻んであるので
思ったよりは
寂しくはありません
最後に
棺桶いっぱいにお花を埋め
父の好きな和牛や大トロも入れ
今思えば花と食べ物で
へんなコンビネーション
でしたが涙、涙で
写真どころではありませんでした

↑こちら妹の息子
日本の文化を学べた
ブルガリア人の妹の旦那と甥っ子

↑火葬場です
焼いた後に
骨の説明を1つ1つ
丁寧にしていただきました
火葬後の遺骨で
指の第二関節が残っているから
器用だったのではないか?
と聞かれましたが
確かに器用でした
(でも科学的根拠はないらしい)

↑和歌山県
高野山別格本山一乗院からお越し
頂きました
この一乗院は平安時代に
創建された格式高い別格本山
古くから皇室や公家と
縁が深い寺院だそうです
父は新橋出身で
子供の頃は
よく皇居の近くで
遊んでいたので
ご縁があったのかも
しれません
(勝手なこじつけですが、笑)
実は
院の公式行事や公共
などに従事する方で
個人のお葬式は
今回我が家が初めてだそうで
ちょっと驚きました
姉夫婦が
こちらの宿坊がお気に入りで
特にこちらの精進料理が素晴らしく
何度も訪れていまして
母と一緒に行き頼んでみましたら
お引き受けしてくれたようです
是非機会がある方は
こちらの宿坊に
訪れてみては?!
姉によると満足するはず
とのこと
49日や1周忌は
もう我が家は既に予約済で
1周忌は海外在住組家族も
集まり
こちらに泊まり
法要をする予定であるので
私も1周忌は
おいしい精進料理が
味わえるのが楽しみです☆
↑こちらホームページ
歴史上の人物の
「骨」や「供養塔」を
参拝したい場合
奥の院を訪れるのが一般的で
こちらから徒歩でも
いけるらしいですが
そこには20万基を超える
墓石があり
以下のような人物の供養塔が
並んでいます
戦国武将
織田信長、豊臣秀吉、
武田信玄、上杉謙信、
明智光秀、伊達政宗 など
その他
親鸞聖人
弘法大師(御廟)
ジャニー喜多川
(ここ微妙ですが)
高野山奥の院の納骨堂
(弘法大師空海が眠る聖地)
に父の分骨を供養&
安置する予定です
(費用をお支払いすればどなたでも可能)
母もいずれこちらに
お世話になるでしょう
33回忌まで
家族でこちらに
お世話になれるよう
健康に気を付け
父が教えてくれた
いろいろな意味での幸せを
大事にしていきたいと
思います
因みに
私はお墓もいらない
というタイプですが
(海にでもまいてくれタイプ)
昔を生きた両親ですので
形はしっかりほしかったよう
既にお墓も生前に用意して
ありますし(準備万端)
私たち子供たちは特に
することはない状態です
(参加だけ、笑)
死の迎え方
死後の供養方法など
人それぞれ
父が満足してくれれば
何よりです


