プライベートでも、ボランティアでも、

この一年、コロナ禍なのに、病院によく行くようになりました。

 

病院に行っていつも感じるのは、人間関係、信頼関係の重要性。

病は気から、といいますが、

私が今、子宮筋腫で通っている病院も、数年前に医師が代わり、

人間関係、信頼関係がかなり変わりました。

良い意味で、です。

 

医療通訳をしている時に私が一番気を付けているのは、

患者さんとも、医療従事者とも、それから周囲にいる他の患者さんの「目」です。

外国人というだけで、まだまだ珍しい感じがします。

 

私がカナダに住んでいた時、

ある、バンクーバーではない都市に行って、

ファーストフード店に入った時に、

そこでイートインしていた、かなり多くのお客さんが、私のことを一斉に見たのです。

すごく驚きました。

私はアジア人なので、もの珍しかったのでしょう。

あの時の感覚が今も脳裏に残っていて、

ボランティアをしている時は、その時のことが思い出されます。

じろっとみられる、

聞き耳を立てられる、

冷たくあしらわれる。

 

患者さんがそういう気持ちになってほしくないので、

周囲の視線の先を見ています。

 

英語が分かる方も多いので、

患者さんとは、プライベートなことは話さないほうがいいです。

これは留学時代にも気づきました。

日本語が分からないだろうと思って、

悪口など言ったら、どつかれます。

 

言葉を知っていても、

その使い方を誤ると、とんでもないことが起こるのです。

言葉は人を助け、また、武器にもなります。

 

医療通訳って、なんとなく医学の勉強が重要に聞こえますが、

それ以上に、もっと知っておくほうがいいこと、

配慮すべきことがいっぱいあります。

だから、毎年研修が数回あって、特に倫理に関することは、

かなり厳しく指摘されます。

それは、医療従事者にも(法律で)課せられたモラルがあるからです。

医療通訳は国家資格はないですが、

医療現場の「おきて」を知らずに働くと、とんでもないことが起こりますよね。

ここでの通訳者は、人格者でないといけません。

だから、医療通訳者は、常に、自分の倫理を忘れないように、考えて行動することが求められます。

 

カナダで味わった(?)異様な感覚。

ああいうことが起こらないように、倫理を復習してから医療現場に行っています。