世の中で一番自分を縛り付けているのは


 


自分なのです。


 


 


 


 


今、ワタシは感謝の「行」に入っています。


 


人のために祈るのではなく


 


「ワタシが幸せでいるために、周りのみなさんが幸せでありがとうございます」


 


と、神様に言上(ごんじょう)するのです。


 


 


この祈りは、楽しいのです。


 


自分が何にも縛られず、宇宙の流れにただただ感謝する。


 


 


 


 


思うのですが、


 


特に信仰は、基本が「美しい心でありましょう。」と説いているので


 


何かを犠牲にすることを美しいことだとしてしまいがちです。


 


 


 


 


しかし、魂そのものは、犠牲をよしとはしていません。


 


神界との駆け引きになる場合があるからです。


 


 


 


何かを成し遂げるために、○○を我慢するという


 


お茶絶ちとか、甘いものを断つとか、一世代前にはよくありました。


 


最近でも、ワタシより10歳も若いのに、


 


成功のために、四つ足のものは食しませんという方を知っています。


 


 


 


魂は、この世に生まれてきたことを喜び、生き切ることを良しとしています。


 


先祖も資質も身体の癖も何もかも、生まれる前に選択してきたのであれば


 


全てを活かし切りましょう。いつでも新鮮に生きるために。


 


 


そして、


 


幸せを選択するという「魂からもたらされた義務」があるように思います。