坂を登って行くと左手に石垣が見えてきます。
中門石垣。
東日本大震災で被害が合った様ですね。
境目ができてヒビができたそうです。
それを機に石垣を解体して修復したそうですが、1977年の修復工事ではコンクリートを使っていた様です。それを今回は伝統的な石の組み上げで修理した。
と書いてあります。
コンクリートを剥がすのも大変でしょうけど、伝統工法で組み直すのも凄いですね。
技術継承が行われているのが素晴らしいです。
少し色が変わっているところが境目みたいですね。
登れるようになっていたので来た道を写してみました。
当時は木は刈り込んでいたと思うので、そうするとかなり奥の方まで監視することができそうです。
反対側のこれから向かう先もかなり奥まで見えますね。
カーブになって低めの石垣も見えます。
中門(なかのもん)
こちらの門は戦災ではなく、1920年に老朽化の為解体されたそうです。
その時に残された平面図によると、幅14メートル、奥行き5メートルも合ったそうです。
結構大きい門ですね。
2003年の地震の際に石垣の一部が崩れ、その時の解体修復工事の時には、金箔瓦が出土したそうなので、
かなり立派な作りになっていたのでしょうね。
中の門跡を越えるとしばらく真っ直ぐの道が続きます。
当時もこの広さの道だったのか、もっと細かったのか気になりますね。
普通本丸に続く道は攻め込みにくい様に曲がっていたり、道が細くなっていたり、階段作っていたりするもんですが。。。
その道の途中、左側にありました。
沢門跡(さわのもんあと)
この看板によると、この辺りには曲輪が複雑に設けられていたとありますが、
やはり当時はもっと道は細く、両側に曲輪がたくさんあったのみたいですね。
ここにはその図はないですが、この先どこかに詳細図があればいいな。。。
初めて聞きました。
カエンタケ。
最近多い外来種かと思って調べてみたら、どうやら日本含めアジアで多く分布する様です。
触るだけで皮膚がただれ、その手で目を擦ると失明し、食べると死に至る、なんとも恐ろしいキノコだそうです。
この日はご覧の通り雪景色だったので見当たりませんでしたが、子供を連れて行く時は要注意ですね。
当時の城を守る武士達はこのキノコを弓矢に塗ったり戦さに有効活用してたのかな。
なんて思いますよね。
僕が城主だったら間違いなく使いますね。
もし敵国の忍者だったらこれをすり潰して井戸に投げ入れますね。
広い道から左をみるとこんな感じ。
少し細くなってます。
看板だとこの先に「巽(たつみ)門」があるはずです。
しかしここは一旦無視して広い方の道を進んでいきます。
木々の向こうに水平な線が見えてきました。
石垣ですね。
片側2車線のカーブの向こうにかなりでかい石垣が見えてきました。
道路の大きさと比較してもらうとわかりますかね。
曲がってやっと見えたと思ったらこんなでかい石垣あったらしんどい城攻めだなと思います。
続く。












































































































