■観劇日:2018年5月26日(土) 20時の回〈上演時間:約1時間〉

「犬を救急車に乗せろ」は2009年に出演させていただいた思い出の深い作品であり、この出演がなかったら、今の自分は(劇場を経営しているという自分は)なかっただろうというくらい影響のある作品である。
当時の記憶を思い起こして作品を振り返ってみると、舞台の設定は、はるか未来か別の次元の人達の話で、昭和の日本っぽいところを調査している場面から始まる。調査の過程を観ていると、黒柿(医学の専門家)>花柿(言語学の専門家)>水柿(建築の専門家)>甘柿(庶務係の小役人)>黒柿という4すくみの状態になっていることが徐々に明らかになっていき、それぞれの力関係において、1日2回の命令は絶対だが、時に要望に変更したり、お願いに変更したりと随所に遊びが効いている。また、独特な動き、言葉遣いも相まって、この舞台が異世界であることが強調されるが、愛らしいそれらの仕草は観ている人に違和感を持たせず、女の子言葉もいつの間にか受け入れてしまっている。この辺の「遊び」に演出の巧みさを感じた。
今回の作品は、前回の公演時と比べ、より脚本に忠実であったように感じた。主観になるが、前回公演時がキャラクター重視であった点と比べて、今回は物語、ストーリー性に重点が置かれているように感じた(自分が出演していた作品なので内容がわかっているからかもしれないが)。
観劇した皆様がおそらく疑問に思う、「犬を救急車に乗せろ」とは一体何のことだったのかということを少し説明すると、この舞台の世界では、性別という概念がなく、発情期になると男性化して、子供を設けるのが通常である。話の途中で「ミミズ」の件があったと思うが、今振り返ると、彼らは雌雄同体という点からミミズの進化系なのではないかと深読みできなくもない。
彼らの発想では、犬は、少子高齢化問題を解消するために、ようやく巡り会った男と男が二人の子供を残すための愛玩動物であり、そんな愛犬が産気づいたとき「私の犬を救急車に乗せろ」と大慌てした二人の話が新聞の三面記事に掲載されたという内容で話は終わる。観劇後、オヤッと思わせるのもまんまと演出にしてやられているのだろうと思う。個人的に懐かしさを感じた作品であった。

文責:逸見友哉

サクマ企画 第1回キカク 「調子に乗れ!」

【あらすじ】
男が一人海を見ている。
彼はまだ何者か分からない。
海を見ている以外何もしていないからだ。
何もしていない人というのは他人を不安にさせる。
これは心理学的にも定説だという話は聞いた事はないが、とにかく何もしていない人というのはこれから何をするか分からない人だと言ってもいい。
ここで重要なのが男の風貌だ。
爽やかな若者であるか草臥れたおっさんであるかで後の行動の予測が大きく分かれる。
しかし昨今はその予測も通用しなくなってきている事は皆さん御承知の通り。
何もしていないというのは一番困る。
何者であるか判るように何かしらをしていて欲しい。
何もする事がないならせめて調子にくらい乗ってくれればいいものを。

【作・演出】
平塚直隆(オイスターズ)
 
【日時】
2018年3月
20日(火) 19:00開演
21日(水・祝) 14:00開演/19:00開演
23日(金) 19:00開演
24日(土) 14:00開演/19:00開演
25日(日) 19:00開演

【会場】
新潟古町 えんとつシアター


【入場料】
前売 3,000円
当日 3,500円
※全席自由

 

■観劇日:2018年3月24日(日) 14時の回〈上演時間:約1時間30分〉

秀逸な音響効果と照明で、そこが海を臨むコンクリの岸壁であろうことがわかる。男(市井優)が登場し、海を見ている。中学生の女の子(大井南)がそばを通る。少し男に歩み寄り、そのまま離れて立ち去るが、戻ってくる。男に声をかける。これがこの芝居の最初のセリフだ。「ここは、無理ですよ」。

聞いて、ついブフォッと吹き出してしまった。なんと絶妙なセリフだろう!! この一言で、状況がポンと観客に投げ渡される。女の子が何を想像し、このあと男がどんな窮地に立つか、一瞬で絵が浮かんだ。男にとっては悪夢の始まりだ。日本全国どこにでもありそうな町と人々。悪人はいない。「善意」の人々によって、男は追い詰められてゆく。作者の「イマ(現代)」を切り取る手腕が光る。

私が初めて見た平塚直隆作品は「第3回芸術のミナト☆新潟演劇祭」のプレシネマで上映されたオイスターズ「流される」だ。あの嫌さ加減はすごかった。会話や理解のズレに気分が悪くなった。その後に見た平塚作品はもっとマイルドだったし、好きなのはマイルドなほうだけど、「流される」の負のパワーは忘れられない。記憶に残るひっかき傷のひとつだ。「調子に乗れ!」にはその負のパワーの萌芽があった。でも、極限には至らない。追い詰められた男の役が新潟イチ似合う市井優をはじめ、役者陣は皆、すこぶる好演なのだけれど、それぞれから人の好さやまじめさがにじみ出て、全体をマイルドな方向に傾けさせている。もしかしたらこれが、「新潟色」なのかもしれない。芝居はリズミカルに転がり、後半で転調して爽快感さえ見せ始めるが、決着は付けずに付和雷同、優柔不断であいまいな幸せ感を醸し出す。おもしろいけど、背中がムズムズする。とっても「新潟」で、とっても「現代日本」だ。

実を言うと、見ながらずっと、「その黄色いカーディガンを脱いで、箒代わりに貝殻を掃き、さっさと歩いて帰ればいいのに」と思っていた。

文責:市川明美
 

■観劇日:2018年3月21日(水) 19時の回〈上演時間:約90分〉
■観劇日:2018年3月24日(土) 19時の回〈上演時間:約90分〉

 「調子に乗れ!」は名古屋を本拠地として活動している劇団、オイスターズの座付き作家である平塚直隆氏の戯曲である。このニイガタ演劇考の初めての劇評である「ドレミの歌」の作者も平塚氏である。5月に開催される「えんとつ王決定戦」の審査員も平塚氏だし、どうも平塚氏にはご縁があるようでならない。


 縁と言えば、えんとつシアターでの公演だったということもあり、2回観劇させていただいた。1年に1回あるかないかで、2度観たいと思う作品に出合うことがある。本作はまさにそれで、2回観たいと思わせる内容であった。初見は、純粋に物語を楽しむ。2度目は、演出や台詞の言い回しを楽しむ。2度目なので、内容はわかっていたが、わかっていても改めて面白いポイントや演出の巧みさに気付かされる部分が多かった。こういう作品に出会えるということは素晴らしいことだと思う。
 

 本作品は、歌あり生演奏ありで、新潟の小劇場界隈では、新しい試みがふんだんに盛り込まれ、新潟演劇の新しいスタイルを提供していたと思う。県外の演出家を招聘し、新潟の俳優で90分の作品を創る。素晴らしい企画だし、内容も申し分なかった。なんでもないおじさんが、周囲の考えに巻き込まれて、あれよあれよとあらぬ方向へと転がっていく、ワンシチュエーションの不条理系の劇だが、その展開が常人には思いもよらない方向に進んでいき、作者である平塚氏のセンスが光っていた。決してサラサラ書いていない。自分を追い詰めて、絞り切った先にある何かを書かれていて、その部分が通常の発想とは異なり、核となる面白いポイントに昇華しているのだろう。
 

 自分の観た回は、1日に2公演ある日のいずれも2ステージ目で、若干疲れが見えていたように感じた。テンポや間は改善できるような印象を受けたが、このクオリティーが、普段は仕事をしている兼業俳優の限界なのかもしれないと思った。この先にあるクオリティーは、俳優専業にならなければ到達が難しい壁なのだろう。いずれにせよ、現時点での極致を叩き出した作品であったことは間違いない。

文責:逸見友哉

Y2工房公演「探偵病院」-Dtective hospital-


【あらすじ・PV】

 

 

記憶の果て

絶望の淵を彷徨う

美しき花は 枯れてゆく

熱き信念は 消え去ってゆく

愛と悲しみのレクイエム

【作・演出】
樋口雅夫

【日時】
2018年3月
17日(土)16:00開演・19:00開演
18日(日)12:00開演・16:00開演

上演時間: 約50分(休憩なし)を予定

【会場】
万代市民会館4階・大研修室

【入場料】
前売り 一般 1,500円 (当日 1,700円)
前売り 学生 1,000円 (当日 1,200円)

※小学生以下無料(必ず保護者同伴でお願いします)

 

■観劇日:2018年3月18日(日) 12時の回〈上演時間:約1時間〉

Y2工房の前作は、昨年11月、カルチャーMIXフェスタでのプロデュース公演「探偵を探せ!」。私は月刊ウインド2月号のピックアップレポートに、「ミステリーを舞台にするのは難しい。翻案(?)のアイデアはおもしろいと思うので、今回のは序章とし、ぜひまたチャレンジしてほしい」と感想を書いている。

演じた皆さんもまたやりたいと思ったのだろう。本作「探偵病院」は「探偵を探せ!」と同じ世界観・登場人物だ。つまり、ホームズとワトソンの世界。とはいっても、ホームズはシャルという女性で、話のメインはワトソンのほう。でもでも、ワトソンの恋の相手は「メアリー」だし、モリアーティもモランも、セリフではレストレード警部も出てくる。ワトソンにコナン・ドイルの境遇を重ねたり。シャーロキアンならずとも、そのパスティーシュぶりに、くすっと笑いがもれてしまうというもの。マジシャンの名前が「ジャスパー」だったり、メアリー・モースタンから「フランケンシュタイン」のメアリー・シェリーを連想させたり、いろいろ遊びが感じられておもしろい。

「医は仁術」か? 本作のワトソンは無料で診察したりしているが、それがいつまでも続くわけはない。育ての恩と、恋人への仕打ちの恨み。その板挟みで悩むワトソンの感情が、素直な人の好さとともに、演じる菅井悠馬から伝わってくる。シャルとメアリーを一人二役にすることで、ワトソンとの関係の二重映しになり、出番が少ないヒロインの魅力を引き出してもいる。ただ、悩むワトソン、元気で図々しいシャル、感情表現がヘタなアンナと、登場人物が全編同じような型にはまった芝居を続けていては、見ていて飽きてしまう。物語のなかでの成長・変化をしっかり表現してもらいたい。ここは「演出」の出番だ。

せっかくのマジックに意味がないのも残念。「探偵を探せ!」では登場人物の一人だったのに、本作では幕間の余興のようだった。客席と距離が近いこともあり、ほぼタネがわかってしまったし…。研修室での上演にはあまり賛成できないが、どうしてもということなら、装置や照明にもっと工夫を凝らしてほしい。そうすればマジックも映えるだろう。
 

文責:市川明美

■観劇日:2018年3月17日(土) 16時の回〈上演時間:約56分〉

 

 今回のY2工房さんの公演、楽しまれた方もいらっしゃったことと思うが、残念ながら、自分はあまり楽しむことができなかった。観ていて心地よさを感じることができなかったし、内容も入ってこなかった。
 その理由を考えてみると、戯曲の世界観へいざなうための工夫が希薄だったように思う。舞台の設定がロンドンであるということですでにハードルが上がっている。日本人が日本語で外国人の演技をするのは非常に難しい。そういう世界なのでお付き合い下さいでは、お客さんがその世界に入り込むのに時間が掛かるし、限られた時間の中ではもったいない。開演前にPVを上映していたが、字幕を英語で入れる等、ロンドンの雰囲気を出す工夫があれば入り込みやすかったかもしれない。
 一方で、役者は一挙手一投足、しっかり演技していたし、大きい声も出ていたし、感情も表現していて好感が持てた。しかし、綿密に作り過ぎた弊害として、稽古での演技を再現しているようで、不自然な印象を受けた。お客さんがいる状態で、その距離感で、その声量で普通の人間は会話するのだろうか?キャパシティーが100人以上の会場であればマッチしていたかもしれないが、研修室のサイズでは違和感がつきまとった。音響についても、劇中に流れる心の声が、目の前のスピーカーから鳴っているのが明白で、とても想像力を巡らすことができなかった。せめてスピーカーを見えないように配慮して欲しかった。この会場でやる意義はあったのか?この会場でなくてはならない必然や、工夫が物足りなく思えた。
 開演前と劇中のマジックに関しても同じことが言える。素敵なマジシャンがいるから、劇に絡めたいというのはわかるが、中盤の盛り上がったところで、唐突にマジックのシーンが入り、特に本編の伏線になっているというわけでもなく、単に芝居に「入れました」という印象が強い。マジックのタネが本編に関わるような工夫があればわかるが、このような使い方であるなら、最初から、劇とマジックの二部制にした方がお客さんも楽しめるのではないか。
 今回の公演は、残念ながら、前売り1,500円分楽しめたとは言えない公演だった。次回公演の予定が既に決まっているようなので、練りに練った作品を期待している。

文責:逸見友哉

江南区演劇公演実行委員会主催「卵の中の白雪姫」

 

【あらすじ】
暮れた街角に灯がともる。わずかな光に皆は集い、街を漂い、歌い出す。
「生まれていらっしゃい白雪姫・・・」
さて、皆の前にはどんな白雪姫が現れるのだろうか。
さあ、みなさん、殻を割ってこの冬も、別役実のおとぎ話をどうぞ召し上がれ。

【作】
別役 実

 

【演出】

大作 綾


【日時】
2018年2月
24日(土)18:00開演(開場17:30)
25日(日)14:00開演(開場13:30)

【会場】
江南区文化会館 音楽演劇ホール

【入場料】
前売り 一般 1,000円 (当日 1,200円)
子ども〈小・中学生〉 500円 (当日 700円)
一般+子どもセット券 1,200円 (前売りのみ)
※全席自由

 

■観劇日:2018年2月24日(土) 18時の回〈上演時間:約1時間20分〉

別役実作品はちょっと苦手だ。たぶん、隠している心のうちをのぞき込んでくるような視線が苦手なのだ。それは裏返って、私が私を、そして社会をどう見ているか、だったりするから、迂闊に感想が言えない。そういう心の動きが演劇を見る醍醐味のひとつだということも、わかってはいるのだけれど…。

だから、別役作品を上演する人たちの度胸には、もうそれだけでシャッポを脱いでしまう。江南区演劇公演実行委員会は昨年7月にも別役実の「風に吹かれてドンキホーテ」を上演している。にぎやかな舞台だったが、私は毒気にあてられ、トラウマになりそうだった。現物であれ映像であれ、目の前にポンと出されるより、想像させられるほうが、より気持ち悪い。

今回、こわごわ見に行った「卵の中の白雪姫」は、とても元気でカラフルだった。「シンデレラ」や「赤ずきん」、「金太郎」や「浦島太郎」まで、おとぎ話がわさわさ出てきて、連想する私の脳内もにぎやかだ。乞食(男1)は八嶋智人みたいによく動き、元気がいい。色とりどりの古着がまかれトーテムポールみたいになった街灯の下に敷かれるのは、ゴザではなくマット。ピラティスでも始めそうだ。

なぜ、今、「卵の中の白雪姫」なのか。
それはラストの演出にかかってくるのかもしれない。印象的だったラストが、戯曲ではどうなっているか知りたくて、戯曲集(※)を読んで驚いた。歌の後は、「卵、次第に明りを増し……。 《暗転》」で、終わり。ラストは全部、今回の舞台の演出なのだ。
卵の爆発(原爆や震災を連想することもできるだろう)、効果音、危険を伴うと思われる装置(降りてくるたくさんの街灯?)、全員の壊れたロボットのようなダンス、斜め上方への目線。
何を見る? 空? 希望? 白雪姫という名の救世主? 

想像はいろいろできる。

別役実の「卵の中の白雪姫」を読み解き、しっかりした演技・演出・技術で仕立てて観客に届けた、江南区演劇公演実行委員会の作品に、私は大いに刺激を受け、魅了された。別役作品への苦手意識も少し薄らいだ。演劇はホントにおもしろい!

※『別役実戯曲集 風に吹かれてドンキホーテ』(1994年 三一書房)

文責:市川明美
 

■観劇日:2018年2月24日(土) 18時の回〈上演時間:約1時間20分〉

 

 まず、心を捕まれたのは冒頭の演出である。「不条理劇」というと「暗い」「アンダーグラウンド」のようなイメージがあるが、今回の「卵の中の白雪姫」は真逆であった。オープニングから音楽が入り、花道から俳優が登場。俳優も声が大きく、観ていて心地よかった。終始、テンションの高い俳優が入れ替わり立ち代わりして物語が進行するが、物語の中盤以降、「自分が何者であるか、否か」に気付き始めるあたりで、なぜそのような思考に至ったのか掴みきることができなかった。これは俳優が一貫して、大きい声を出して、大きく動くという演出を忠実に守った結果、全体的に単調になり、観客は登場人物に感情移入しにくくしてしまったのではないだろうか。違和感のある言葉の立て方、抑揚が気になった。「不条理劇」であるからなおさら、もっと会話のやりとり(キャッチボール)による物語の膨らみを重視して欲しい。


 舞台はほとんど素舞台で、下手に大きな柱があるだけであり、照明、演出ともにオーソドックスな印象を持った。物語終盤、舞台全体に柱が下りてくるギミックには驚かされた。それをより効果的に魅せるために、かすかでももう少し舞台装置に何かしらの手を加えて欲しかった。物語の終盤の解釈は観る人によって異なると思うが、自分は檻をモチーフとした卵(世界)の中で閉じ込められ(結局は出られない)、もがいているイメージを強く持った。その様子はコンテンポラリーダンスによって巧く表現されていたと思う。もしかしたら、冒頭で客席から俳優が登場することにより、舞台と客席の線引きをあやふやにして観客も世界に閉じ込められているということを表現したかったのかもしれない。
 

 最後に、特に良かったのは「音響効果」であったことを記したい。会場が音楽演劇ホールである特性を十二分に生かした音響であったと思う。劇中の合間のミュージカル部分は、俳優を盛り上げていたと思う。歌とダンスは劇中に必要だったのかというそもそも論があるが、両方の必要性も含めて良くまとまっている作品であり、楽しく観劇させていただきました。

文責:逸見友哉