■観劇日:2018年8月24日(金)19:00、26日(日)14:00

昨年、「プルーフ/証明」で実力を見せつけたAccendereの次なる挑戦。柏崎出身、前川知大さんの作品で、映画化もされている「太陽」(舞台も、入江悠監督の映画も残念ながら未見だが)。これは期待せずにはいられない!

というわけで、初日と楽日の2日間、りゅーとぴあ・スタジオBに足を運んだ。
初日を見ての第一声は、とにかくスゴイ!のひと言。舞台に漂う緊迫感と、いらだちと、救いようのない悲しみ。役を生きる俳優たちの醸しだしたそれらが、キリキリと胸に迫ってくる。人類は、文明は、こんなにも行き止まりなのだろうか。一筋の光が、ノクスから生まれたノクスである森繁(内藤陽介)の真っ直ぐさと優しさ。そして、迷走しながらも子どもから大人へと成長を遂げる、旧人類(キュリオ)の鉄彦(高田遼太郎)。

初日に一番注目したのも高田だったが、楽日の最後の最後、森繁の方へ一歩踏み出す鉄彦は、一回り大きくなったようにすら見えて、驚いた。舞台空間を圧する存在感。もしかしたら奇跡の一瞬だったかもしれない。

緻密な世界観と展開の巧みさに舌を巻きつつ、登場人物から目が離せない。
ノクスの怖さを余すところなく見せつける玲子(吉田わかな)。自らを懸命に律しようとする征治(後藤忠彦)。すべてわかってしまい、自分の道を正しいほうへ戻そうとする金田(石川直幸)。
新潟を思わせる、田舎の息苦しさ。強さを内に秘めた純子(先川史織)。少し背中を丸めたその歩き方・立ち方が、村の閉塞感を強く伝える。村の男そのままの立ち居振る舞いから、娘を、村を、そして愛しい人を大切に思う気持ちがにじみ出る草一(平田セイイチ)。父の悲しみ。選択。それでも、「生きている」ほうがいいのだろうか…。克哉(山田好宏)は怖すぎ(=上手すぎ)。ここまで手前勝手な人間を表出されると引くけど、本質的にこういう人間はいるのだと思う。楽日の克哉には少しだけ人間的な弱さを感じた。
聡明な結(飯塚陽)。なぜ彼女はあの道を選択したのか。ここがとても引っかかった。行ってみたいと思った土地へ行きもせず、人の話で絶望して自分の進む道を決めた結。すごく皮肉で批判的な展開だ(現代の事象を思わせる)。それほどに母の存在は大きいのだろうか。ノクスになったあとの演技の変化が素晴らしい。

舞台を二つに分けて、交互に話が進行する場面が多い。しっかりした照明が各場面を際立たせる。

それは進化なのか退化なのか。病なのか治療なのか。
萩尾望都の『ポーの一族』や『スター・レッド』、小野不由美『屍鬼』、半村良『石の血脈』などなど、様々な作品を連想。知的好奇心を大いに刺激される舞台だった。
話の中にどっぷりと浸かれるのは、Accendereの舞台作りに危なげがないからだ。

文責:市川明美
※原稿の締切を大幅にオーバーしたことを、ここにお詫びいたします。

■観劇日:2018年8月22日(水) 19:30ゲネプロ〈上演時間:約2時間〉
※ゲネプロ:演劇などの舞台芸術において、公演の本番間近に本番同様に舞台上で行う最終リハーサルのことを意味する

昨年の「プルーフ/証明」の好演を経て、最新作が注目されていたAccendereさんの「太陽」のゲネプロを拝見しました。どうしても本番を観劇することができず、部外者である私にゲネプロを観せて下さったAccendereの皆様に感謝申し上げます。

「-進化か 

  -病か」

「太陽」を中心として、まさにこのサブタイトルの通りの内容だった。大まかにストーリーを説明すると、吸血鬼的性質(年も取りにくく長生きだけど、太陽に当たると死ぬ)に変化を遂げてしまった「ノクス」と呼ばれる人種と、我々と同じ通常の人間「キュリオ」と呼ばれる人種が、どのように共栄していくかという話になる。自分自身、日頃は地下に籠って仕事をしている身なので、太陽が苦手なノクスが、気が気ではない。非常に人間ドラマ溢れる作品に仕上がっていた。新潟でこのクオリティの作品が生み出されたということに賛辞を贈りたい。

一方で欲を言えば、自分が演劇を観る際に求めていることの一つである「真新しさ」は欠けていたように思う。会場であるスタジオBをあれだけ使いこなせるカンパニーはそうないと思うし、その点は素晴らしいと思うが、演出は全体的にオーソドックスだった。あえて、王道を目指した部分があると思うが、ちょっと東京まで足を運べば、このレベルの作品は多く見受けられる。どこかの漫画で「一流のシェフは、お客様の要望を満足させる料理を作り、客は欲求を十分に満たされる。超一流のシェフは、客が予想もできない料理を作り、客はまさにこれこそが求めていたものだ!と気づき驚嘆する」という件があったけど、まさにAccendereは一流であった。しかし、今後、新潟演劇を牽引していくリーディングカンパニーとなるのであれば(少なくとも自分はそうなって欲しいと願っている)、新潟でしか観ることのできない作品を創り、超一流を目指して欲しい。

最後に、自分の観た回がゲネプロであったことが悔やまれる。おそらく、上述した点も、お客様という最後のスパイスが加わることによって、舞台に一体感が広がり、また違ったものになっていたかもしれない。演劇はお客様あっての芸術なのだということを改めて認識しました。

文責:逸見友哉
※劇評のリリースが大幅に遅れたことをお詫び申し上げます

【作品案内】
今回は、異なった内容の二本立て公演。人々の心の動きや悩みに
真剣に向き合ったお芝居に、D-Soul らしいダンス、歌のテイストを織り交ぜた作品です。

『4(for) Angels 』〜この世界のどこかで降る雪に〜
出演

藤崎 舞 ( S×S )
森野 翠 ( S×S )
晴とワ (うるさい奴ら)
センニイナホ (うるさい奴ら)
司山 園美 ( 創作表現集団D-Soul )
 

Dance Act
SHOW!国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校 ダンスエンタテイメント科

『普通の愛』~ What is love ? ~
出演

本間智 (劇団マジカルラボラトリー)
末永 優 (フリー)
井上 晶子 (演劇くらぶ葛の葉)
加藤 妃奈子 (フリー)
司山 園美 ( 創作表現集団 D-Soul )


【脚本・演出】
Kazuse(二作品とも)

 

【日時】
2018年6月30日 (土) 13:00~/ 17:00~

2018年7月 1日 (日) 13:00~/ 17:00~


【料金】
前売  一般 1,000円  学生 500円
当日  一般 1,500円  学生 800円

【会場】万代市民会館4F大研修室

(新潟市中央区東万代町9−1)

※作品のタイトルがブログのタイトル欄に入りきらなかったため、一部省略させていただきました。ご了承下さい。

■観劇日:2018年6月30日(土) 17:00の回〈上演時間:約2時間〉

約1時間の公演の2本立て。最初の「4Angels」は、日頃から歌やダンスで自己表現をしている若い女性たちがメイン。私にとってあまり馴染みのない世界に触れることができた。お話はグループ内の力関係や、グループとしてやっていくことの難しさを描いている。自己が確立していなくて、人も自分も信用できなくて。幼さと背伸び。この心の揺れは、実は、大小や慣れの差はあれ、一生付き合ってゆく感情だ。だから、親子以上に年の離れた私も感情移入できてしまう。
皆さん、歌が上手くて驚いた。アカペラでちゃんと聴かせてくれる。好感を持ったのは、自己陶酔をあまり感じさせなかったこと。ちゃんと聴き手を意識している。
登場人物たちの名前は、ミカ、ラファ、ウリエ、ガブ。四大天使とは大きく出たなぁと、少し笑ってしまったが、悩み多き等身大の天使も悪くない。

最後まで言わない、それでわかる(伝わる)者同士の会話が続く。見ているほうは予測しながら、話を追う。でも、最後まできちっとしゃべって、終わってから次の人がしゃべる、なんて、現実世界ではほとんどない。意識して聞いてみるとすぐにわかるはず。人は思った以上にあいまいな会話をしているものだ(座談会やインタビューを原稿化してみるとよくわかる)。

休憩を挟んで、2本目「普通の愛」。
「4Angels」と同じく、肝心なことを言わない思わせぶりな会話がポイント。前半は、一人の男(真次)が、順に三人の女と対峙する場面が続く。婚約者・美雪。かつて思いを寄せていた、先輩の妻・忍。困難を共に乗り越えたことのあるらしい、年下の女・渚。過去に何があり、いま何が起こりつつあるのか、考えながら会話に耳を傾ける。繰り返しに思える場面から、少しずつ関係の変化が伝わる。水面下のヒリヒリ感が堪らない。
観劇後、ツイッターなどで、男を「クズ男」と表現している書き込みを読んで、驚いた。手前勝手なところはあるが、男はどの女に対しても真摯だったと思う。むしろ、婚約者と先輩の妻の異常さに疑問を持った。だが、男が「グズ」だったのは、確か。彼がもっと迅速に巧妙に動いていたら、その後の悲劇は起こらなかっただろう。
後半、いきなり男が殺され、ミステリーになる。これには驚いた。場面は犯人捜しのための、警察での尋問に変わる。そしてラストは、東野圭吾『どちらかが彼女を殺した』を思わせる作り。まさか、ラストまで「言わない」を通すとは! 唖然とし、もやっとしつつも、作者の挑戦的な姿勢には爽快感さえ覚えた。家に帰ってから白い紙にあれこれ思いついたことを書き出してみた。私は、推理小説に「読者への挑戦状」があったら、なんとか解きたいと考える人間だ。この場合は「観客への挑戦状」。あれこれ考えるのは本当に楽しい。明快に解けたわけではないが、私なりのおぼろな想像の物語は立てた。伏線は無数にある。鍵は、見つからない「忍の夫」「真次がコンビニで買ったガムテープ」。そして「腹と背中の刺し傷」。犯人は忍と美雪の二人ではなかろうか。共犯ではないけれど。

ここまで物語に入り込めたのは、演者の力も大きい。
会場は大研修室。しつらえられた照明は簡素で、赤や青など原色のままの照明が目に痛かった。音楽(選曲)もいささかチープ。でも、そういうのは正直、あまり気にならない。

実に面白い公演だった。

文責:市川明美
 

■観劇日:2018年7月1日(日) 17:00の回〈上演時間:約2時間15分〉

 やりたいことをやれる範囲で、実現するということは本当に難しい。この企画を実現したことは素晴らしいことだと思うし、誰にでもそうできることではない。やりたいことをやっている人たちの活動を否定する気は毛頭ないが、本公演を観ていて様々な疑問が残った。
 

 なぜ会場が万代市民会館4F大研修室なのか。予算の都合とか自分たちが日頃活動している拠点なので使用しやすいとか、俳優の日程の都合とかいろいろな理由があるだろうが、6Fのホールで開催した方がもっと良いパフォーマンスを引き出せたと思う。大研修室感を払拭すべく、トラスを組んだり、照明にLEDを取り入れたりと、その努力は十分に理解できるが、どう頑張ってもそこが会議室であることは否めない。そして、客席が非常に見づらい。特に「4(for) Angels」のダンスや歌は非常に良かったのに、その良さが十分に発揮できていなかったことがもったいなかった。やりたいことをやる中で、他者に何か伝えたいメッセージがあるのであれば、もっと工夫しなければ伝わらない。その工夫の一つとして、会場の選定は一考して欲しい。企画の段階でお客さんと出演者がwin-winになる公演を心がけて欲しい。


 「普通の愛」は全体的な演出、出演者にどこか余裕が感じられる芝居であった。ギリギリを攻めている感じを受けなかった。演劇には、瞬時に場面を切り替えることができるという醍醐味があるが、ブルーの照明の中転換を行ったり、場面が切り替わるたびにBGMが流れたりと、雰囲気はあったが効果的ではなかった。大研修室だから完全暗転が取れなかったのかもしれないが、同じ場面の繰り返しのように感じられ、メリハリがなかった。「普通の愛」には、演劇歴10年くらいの中堅クラスの俳優さんたちが出演していたが、自分のパフォーマンスに納得していたのかを問いたい。長く演劇をやっている人たちなので、押さえるべきところはしっかり押さえて、きちんと作品に仕上げていたのは流石だと思う。しかし、向上心を忘れて欲しくない。一つの公演に懸ける生き様が観たい。確固たる芯をもって欲しい。いつまでも次の公演が控えているわけではないし、いつまで演劇をやれるかもわからない。そんな状況の中で、必死に生きて欲しいとは思うが、趣味の範囲で演劇をやっている人たちにそれを求めるのは酷な話なのだろうか。やれる範囲でやりたいことをやるには限界があるのはわかるが、その中で極値を目指して欲しい。

文責:逸見友哉

【ストーリー】
2031年の世界、個人の意識をネット内のヴァーチャルな世界に入れるシステムを手に入れていた。
そこでは、自分の設定したアバターを操り、本物の世界と見間違える様な暮らしができるのだ。
ある日、あるヴァーチャル・ワールド内に大きな爆発音が鳴り響いた。その瞬間からその世界にいる人達は、外の世界に出る(ログオフする)事が出来なくなってしまう。
ヴァーチャル・ワールドから出れない為に暇をもて余していたセレナは、ふらりとラーメン好きの集まるチャット・ルームに入り、ジニーと運命の出会いをする。しかし、その間にも世界は崩壊への道へと突き進んでいた。
果たして二人は元の世界に戻れるのか? そして、突然現れた謎の女性エマの正体とは?

【作・演出】
二瓶光

 

【日時】
6月23日()13:30開演
6月24日()13:30開演
※開場は開演の30分前

 

【料金】
一般    前売1,800円    当日2,000円
学生    前売1,000円    当日1,200円

 

【会場】

新潟古町 えんとつシアター

(新潟市中央区東堀通6-1051-1 G.E ビル地下1階)

■観劇日:2018年6月24日(日) 13:30の回〈上演時間:約1時間10分〉

CONCEPTONという団体を初めて聞く人も多いと思うが、この団体は十日町を拠点に活動している劇団御の字の二瓶さんを中心に集まった演劇ユニットである。十日町から出張して新潟市で公演を行ってくれたことは大変ありがたいし、このような試みはどんどん増えて欲しいと思う。

さて、自分の演劇のあり方の1つに、演劇において無駄があってはならないというものがある。演劇は限られた時間で登場人物が変化、成長する様と観客の心を動かすという使命を持っている。演劇の上演時間は60分~120分が平均的だと思うが、この短い時間の中で、何かを伝え、心を動かすのはとても難しい。一つ一つのやりとりに意図がなくてはならない。

「log_off」では、開演前に俳優が舞台に登場し、装置物を積み上げたり、観客に写真を撮られたり、ゆるい感じで物語が始まっていくが、この導入部分がもったいなく感じた。リアル(客席)とバーチャル(舞台)の境界を曖昧にしたいという意図があるかもしれないが、きちんと練ったものであって欲しかった。もう一工夫あれば、もっと物語に没頭することができたと思う。
観ていていくつか気になった点があるのだが、一番は俳優の所作である。あまりに日常的な、普通の所作で、単的に言ってしまうと観ていてキレイじゃない。この部分も改善の余地があったと思う。
また、要所要所で工夫はしていたが、モノローグ(一人語り)が多く、登場人物が3人ということもあり、絵図が変わらず単調な印象を受けた。モノローグこそ、登場人物の会話のやりとりで観たい部分であった。どう魅せるかは脚本家・演出家の腕の見せ所だろう。加えて、シーンの切り替わりが、もたっとしていて全体のテンポを単調にしていた。劇的に場面が切り替わるのも演劇の醍醐味の一つだと思うが、観ている人が驚くような仕掛けが欲しい。

最後に余談だが、2031年のバーチャル世界の物語であるのならば、LED照明を中心に灯りを組み立てて、温かみをなくすような工夫が欲しかった。ぜひ十日町の地で、もう一歩踏み込んで再演して欲しいと思う。

文責:逸見友哉

 

※私の都合で、劇評のアップが遅くなってしまい大変申し訳ありません。なるべく新鮮なうちにアップできるように頑張ります。

■観劇日:2018年6月23日(土) 13:30の回〈上演時間:約1時間10分〉

2016年の「第2回えんとつ王決定戦」で劇団御の字が上演した20分弱の二人芝居「Can you hear me?」を長編化したもの。
「えんとつ王決定戦」では審査員として見させていただいたが、かなりおもしろかったのを覚えている。リズムがあって、勢いがよかった。
今回の「log_off」は三人芝居。開演15分ほど前から舞台に出演者が登場し、おしゃべりしたり、互いにスマホで写真を撮りあったり。観客も写真撮影OKとのこと。工夫を凝らして公演に特色をつけるのは大歓迎だ。劇場で、演劇で、何ができるのか。そのチャレンジ精神が楽しい。ただ、初日とあってか、この日の出演者たちは、最初少し硬かった。客席を意識しており、背を向けがち。だんだんリラックスしてきたから、出演者にとってはいいウォーミングアップだったのかも。でも、客席に座っている身としては、無視もしにくいし、注視するほどおもしろくもなく、ちょっと飽きてしまった。舞台でのアドリブや、自然にそこに存在することは、とても難しく、高度だ。開演前の舞台に居たのは、出演者たち本人なのか、それとも登場人物なのか。遊ぶなら、もっと本気で遊んでほしい。

ヴァーチャル空間から出られなくなるという展開にはあまり新味を感じないが、長編化にあたってテロやテロ被害者の心情が盛り込まれ、お話は広がった。家族愛に重きが置かれ、話が受け入れられやすくなったとも思う(個人的には二人芝居のAIの視点のほうが好みだけど)。ややこしい設定なのに、説明はわかりやすいし、伏線も上手い。
私はそもそもSF好きなので、ヴァーチャル空間とかアバターとかAIとか出てくるとわくわくしてしまう。もともと何もない演劇空間だからこそ、見る人の想像力を刺激すれば、なんでもできる。ぜひまたSFの世界に挑戦してもらいたい。

実は、舞台を見ている間はあまり思わなかったのだけれど、あとから、開演前や劇中で彼女たちが積んだり並べたりしていた白いバケツのようなものは、墓を模していたのかもしれないと気が付いた。「禁じられた遊び」だったのかも。

お話の舞台は2031年。当日パンフには「出演者に聞いた、30年後」という文章が載っていた。30年前、いま舞台にいる皆さんと同じくらいの齢だった私から言わせてもらうと、30年なんて「あっという間」。だから、やったもん勝ちです。

文責:市川明美

劇団第二黎明期「犬を救急車に乗せろ」

【あらすじ】
彼らは「調査隊員」である。

例えばマチュピチュ。たとえばピラミッド。はたまた前方後円墳か。


【作・演出】
シダジュン
 
【日時】
2018年5月
5月20日(日)17:00~
5月25日(金)20:00~
5月26日(土)14:00~
5月26日(土)20:00~ 
5月27日(日)14:00~ 

【会場】
シアター西堀DOMO

【料金】
一般前売1800円(当日2000円)
高校生以下前売1000円(当日1500円)
※全席自由

 

■観劇日:2018年5月20日(日) 17時の回〈上演時間:約1時間5分〉

「犬を救急車に乗せろ」は、初演の女優バージョン(2005年 DOMO)、ちず屋の2階大行進での男優バージョン(2009年)を見ている。

今回の公演を見て、まず思ったのは「あれ、こんなにわかりやすい話だった?」。前に見た時の印象と少し違っていたのだ。それで、台本を買って、初演時の台本と読み比べてみた(買ったはずなのに探しても見つからなかったので、初演時の台本は片付け上手な黎明期ファンのKさんにお借りした)。
読んでみて驚いた。私が違和感を抱いたセリフ(「なにしろ60万年前のことですから」など)は初演の台本にもしっかり載っていて、違いはほんの4ヵ所ほど、ごくごく小さなものだった。記憶は当てにならないものだなぁ。

チラシの文言「彼らは『調査隊員』である。例えばマチュピチュ。たとえばピラミッド。はたまた前方後円墳か。」が気になった。登場人物たちは「彼ら」ではないし、「例えば…」の部分は見る者の想像を狭めかねない。今回の舞台の4人の特異な衣装もそう。
ここはどこで、登場人物たちは何者なのか。想像力を駆使し、推察しながら見る楽しさが、本作の大きな魅力。「わかりやすさ」は、私が何回目かの観劇であることも要因の一つだが、演出の変化が大きいように思う。時代が本作に追いつき、シダジュンの演出も時代を取り入れたということだろう。

あれこれ書き連ねたが、「犬を救急車に乗せろ」は、性別、力関係、過去と未来、発展と衰退、様々なことをふわふわと(けしてギチギチやガチガチではない)考えさせてくれる、本当におもしろい作品だ。
今回の舞台では、第二黎明期の若手二人(田中永都、関井和道)がよかった。気を許すと「笑いを誘うためのコント」になってしまいそうな設定やセリフが、二人の演技により、厚みを持った場面になっていた。セリフにない「何か」が醸し出されていたのだ。私が見たいのは、そういう芝居だ。
あと、選曲がとがってて、全体に不穏さを漂わせていてよかった。

観劇後、森博嗣『工学部・水柿助教授』シリーズを再読してしまった。

文責:市川明美
※エンゲキ考の5月分であり、公演後1週間くらいで書くことになっている劇評を、忙しさに取り紛れ、すっかり遅らせてしまいました。申し訳ありません。