おはようございます。
このごろ園芸療法の本をひっぱり出してきて、初心思い出してます。
忙しいという字は心を滅ぼすというのは本当ですね。
こなす事に忙しく、ある日ふと思うのです。
何の為に始めたのか?感謝の気持ちも薄れていく自分に、憤りを感じたりして。
だから心に変化を求めました。こういう時は動くのが一番なので。
手塩にかけた植物は、育つという事で応えてくれる。これが、植物と対象者との間に生じるように支援する事が支援者の役割だとありました。
色々難しい事書かれているけど、結局ご本人に自信をつけていただくという事なのでしょう。達成感、大事ですね。
これはお年寄りに限らず、誰にでもあてはまる事でして。
自信をつけて、毎回楽しみに来られるようになった方もいらっしゃれば、1年ほどの間にすっかり認知症が進み、怒りっぽくなってしまわれた方もいらっしゃいました。
そんな時、もっと関わってあげていたらと、後悔したりもしたけど、人がやれる事には限りがありますよね。
本を読み進めて思ったのは、自分の目指していたものはこれだったと改めて感じ、今までやってきた事は間違っていなかったなと自信が戻ってきた事でした。
いつのまにか「生きがい」のようなものになっていたのだと気づきました。
植物の事も一通りの事しか勉強してないし、ペンションで好きな植物を育てた経験くらいしかなく、専門家ではありません。
お年寄りに満足なものを提供できるかしら?と自信を無くす事もあったけど、お年寄りが求めているものは、やはり別のところにあるのですよね。
そう、自分を認めてもらiい、自信をつけ、自尊心を守れる事・・・これに尽きるのだと思います。それはどんなに認知症が進んでしまった方にも感じます。
私が望む園芸療法は、お金を稼ぐという面では向いてないのかもしれないな。
それは先生方にお任せするとして。
今まで、どんな方にも誠心誠意込めて接してきたつもり。
その思いは伝わり、お互いに心の交流ができる方も増えました。
元々、アメリカで第2次世界大戦の負傷者に対するリハビリとして始まった園芸療法。
園芸療法には人を癒す力があります。
これが職業として成り立つ日がくれば、国の医療費支出も減っていくのでしょうね。
自分なりに自己研鑽を積みつつ、、園芸を日常に取り入れお年寄りと楽しんでいけばいいーそんな風に捉えられられるようになった自分に何だかほっとし、感謝しています。
私の心の幹は、まだまだ成長中。
七夕を意識したフラワーアレンジメント。
デルフィニウムは夜空、カスミソウは星をイメージして生けてくださいと伝えました。イメージするのはちょっと難しかったかも。
3枚の短冊を用意して自由に願いを書いていただきました。
慣れていないから、すぐには書けませんよね。
「おいしいごはんが食べられますようにでもいいですよ」と言ったら、そのまま書かれた方もいらっしゃいました。
慌てていたので、写真ちょっとごちゃごちゃしていますが、一つ一つは素敵な仕上がりとなっています。
少し、頭を使って頂けたかな?
皆の笑顔に癒された一日でした。

