こんにちは。
今日は「母の日」ですね。
私の母はもうとうに亡くなりましたが、生きていれば96歳です。
この頃、年取ったせいでしょうか、この母に対する考え方が変わってきました。
以前は、反面教師と捉える面が一番大きかったような気がしますが、今は感謝の気持ちの方が強くなってきたような気もします。
お嬢様育ちだった母は、父と結婚し、大変な苦労をしました。
多分こんなはずじゃなかったと思う事が何度もあったのでしょうね。
7人兄弟が皆、それなりに豊かな暮らしを手に入れていたので、尚更だったと思います。
父に暴力を振るわれる所を何度も目にしました。
きつい性格が災いしたのでしょうね。
今思うと、父も母も精神的子供だったのだと思います。
どちらかが大人だったら、あんな派手な喧嘩を目にする事もなかったかと思います。
何しろ、父の怒鳴り声は近所でも評判でしたから。
それにしても、
両親の喧嘩ほど子供にとってストレスになる事はありません。
萎縮して育つだけです。
母は子供に自信を付けてあげるような育て方はしてきませんでした。
生活するのに精いっぱいだったから仕方ない事だったかもしれませんが。
せめて、しっかりとした生きる指針のようなものを示してくれていればと思った事が何度かあります。
母は宗教には入っていましたが、決して信仰と呼べるものではなく、ご利益信仰か?と思えるほど中途半端なもので、私は心の中で「いくら拝んでも幸せになれないじゃない」と毛嫌いしたものです。
子供の頃に出来上がった性格は一朝一夕には変えられませんよね。
一生付きまといます。
子供ができた時、父母の真似だけは辞めようと思って、育ててきたつもりだったけど、ある日ふと気づくのです。
自分も母と同じなのではないのかと?
子供に自身を付けてあげる事が苦手な母と同じ道を歩んでいるのではないかと?
随分、随分悩みました。
私だけが子育てしていたわけではなかったので、子供が成長するにつれ、この自信のなさは少しずつほころんでいきましたが・・・。
生きる指針のようなものを見つけ、それが確信に変わり、子供にも示してあげられる・・・そう思えるようになったのはほんとについ最近です。
長い長い時間がかかりました。
でもこれはこれで良かったのだと素直に思えます。
トンネルが長くて暗ければ暗いほど、そこから出た時の明るさは、トンネルに入る前の明るさとは比べ物になりません。
人を感動させられるのは、そのような暗さを知っているからこそだと誰かが言っていたような気もします。
感謝と共に、母に今まで抱いていた気持ちは温かいものに変化し、母がいなければ、今の私はいないなと、優しくて穏やかだった母の姿も思い出す毎日に変わってきました。
若い頃は、子供の為にと思ってしていた事でも、実は自分の自己満足の為にしていたのだなと、考えるようにもなりました。
還暦を迎え、色んな意味で何かようやく全てが吹っ切れたという感じです。
こういうのを大人の仲間入りというのでしょうね。
やっと、やっとって感じで、遅咲きもいいとこです。
今は、自分の事よりも子供の真の幸せを、心底願っている自分を感じています。
「母の日、おめでとう!」
亡くなった母との優しい日々を思い出し、穏やかな気持ちにさせてくれた母にも感謝です
この間、紅白はつか大根の収穫をしました。
瑞々しい葉の色にお年寄りたちの会話も弾んでいましたよ。
数を数えて頂いたら、66個ありました。
この日の夕食にだされたのでしょうか?
鉢栽培なので、20日どころか50日以上経っての収穫でしたが、とっても楽しいひとときでした。
