つわるのね ③ | 縁側のはなし(仮題)

縁側のはなし(仮題)

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いろんな「やりたい」と子育ての生活をつづっていく予定です。

サワディカー♡


つわりの最中、他人に言われてカチーンときた言葉がありました。


まずは、「病気ちゃうし、まぁ頑張ってね」って言葉。
は?病気じゃなかったら苦しんだらあかんのか?分かりもせんと!
ってかなり気分悪くなりました。


それから、病院の看護師さんに
「つわりいつ頃終わるんでしょうね。」
とポロッと弱音を吐いたら、
「個人差あるから分かりません。でも、授かりたい人からしたら、つわりがあるだけ充分幸せなことなんやから」って言われました。

これ正論中の正論やけど、今、辛い人に向かって言う?そらそーですけど、ほな苦しんだらあかんってことですかいな?
世界にはご飯を食べられない人がいるんだからキライな物も食べなさいっていうあの論調と同じよね。
しかも看護師さんやけど、信頼関係もない初めて会っただけの人に言われたのがとても不快でした。2度と相談するか!って思いました。



でもね。。。
これどっちも自分が自分に対して思ってたことやったんです。


私は、ただ苦しいことを苦しんでるだけの自分を全然許してませんでした。

満足に娘の世話もできず、
協力的で優しい旦那さんに感謝もできず、
もちろん家事なんて放ったらかしで、
‘病気でもないのに’苦しいことで頭と身体がいーっぱいになって寝てる自分。
そして何よりも、目先の苦しさに押しつぶされて、授かった喜びをも感じられてない自分。
選んで来てくれたお腹の子にありがとうも言えない自分。


それらを心の中で責めてたんですよ。
なんだか絶望してたんですよね。


他人に言われて腹が立ったのは、図星やと思ったから。
自分が自分にそう感じていたから。



そういう意味では、
今回のつわりは心のデトックスやったんかもしれませんわ。


望んで授かったのに、いざ授かってみると不安しか湧いてこなかったから。


身寄りのない福岡で、
気の置けない友達がそないにいるわけでもない、
それなのに2人目産んでやってけるのか?


せっかく娘の子育てが落ち着いてきたこのタイミングでまた1から子育てが始まってしまうという倦怠感みたいなものもありました。


とにかくとにかくホームシックが激しくて、大阪帰りたい、大阪帰りたいってそればっかり思ってました。

今から思ったら、別に大阪に居たって不安はあるやろけどね。




んで改めて思ったのは、
この3年弱、やっぱり必死で必死で子育てしてきたんやってこと。


いくら友達が居てても、
どれだけ旦那さんが協力的でも、
それでも子育てってやっぱり孤独やったりするから。
どれだけ楽しんでてもね、子供と過ごすのって緊張感あるよ。


そんなことは日々意識してないけど、
体調が悪いことで、潜在的な不安がバーっと出てきたのやと思う。

だって娘のつわりの時はさ、産後の子育ての不安なんてなかったもんなぁ。
経験したが故の不安ですわ。


で、この不安がつわりを悪化させて、んで長引かせたんやないかと思うんですよ。



でもさ。
落ち着いて考えたら、
「ま、私大丈夫やん。」って思えたわけです。


だって、子育てって辛いだけじゃないってことも知ってる。
何よりも、娘のことこれまで育ててこれたんやもん。
そら100点の満足な子育てはでけてないよ、
もっとあーしてあげればなぁとか、
時にはイライラ怒鳴ってしまうこともあるよ。


それでも娘は元気に育ってくれて、
娘をこんなにまで大事に思えてる私も居る。
それでええやないか。


だから、今まで充分頑張ってきた自分を認めることにしました。
その上でやっぱり不安を感じてる自分も許す。


「うん。きっとなんとかなるよ」って思えたら、不思議と胸の気持ちの悪さが引いていきました。

心と身体は繋がってるね。



さてさて、つづくのか?
きっとつづくのでしょう。


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つわり中に猛烈にたべたくなったのは、
大阪市内本町にある「ふくしま」の弁当。
会社員の頃よー食べてたんですけど、
もう5年位食べてないのよ。
なぜ急に思い出したのか不思議。