私の実家は東本願寺系列の末寺です。
子供の頃から、仏壇にあった「鶴亀の燭台」を目にしてきました。
よく、言いますよね。
「鶴は千年、亀は万年」と。
そんな意味なのかな~?とぼんやり思っていました。
深く追究する訳でもなく。
ところが、最近父の歌評を読み、そうではなかったことを知りました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから
私流のななめ読み、気に召すかどうか。
住職も白き軍手に車座の一人となりて仏具を磨く(八田順子 香川)
一瞬自分のことを詠まれたのかと思うぐらいそっくり描かれている。
「オミガキ」には畳を一枚か2枚上げて、床にゴザ、新聞紙等を敷き
数人が囲む。
磨き方に手順があって、最初の人は仏具に洗浄液を塗り
次は布で満遍なく軽く拭き
おしまいに新聞紙で丁寧に力を入れて磨く。
以前はオミガキ用として水田の入り口にひとかたまりの稲が植えられ
刈り取ったら陰干しにして、柔らかい藁をつくる人も居た。
今は金属磨きで遥かに楽だ。
一首は白い軍手と車座の二点を中心に
「も、に、の、て」のテニヲハがうまくつがれて
すきのない歌。
若い頃に聞いた話を。
(問)ツルカメの燭台はツルは千年、カメは万年ということですか。
(答)違う。ツルの脚は長いまま、カメの脚は短いまま。
その機そのままの救いを表したものです。
先住と手伝い人のやりとりだ。
今はこう話す。
仏具は磨けば磨くほど光る。
私の心は磨けば磨くほど地金が見えると。
ただし、反応はない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
鶴の足は長く、亀の足は短い。
鶴の足も亀の足も、それぞれ持って生まれた特性であるから、
尊重されるべきもの。
歎異抄(たんにしょう)のなかにも、同じような言葉があります。
「弥陀の本願には老少善悪の人をえらばれず」。
阿弥陀さまの智慧の光は
すべてを分け隔てなく照らしてくださっているというくだりです。
鶴亀の燭台は、このはたらきを示しているのですね。
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「鶴は千年、亀は万年」と。
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深く追究する訳でもなく。
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住職も白き軍手に車座の一人となりて仏具を磨く(八田順子 香川)
一瞬自分のことを詠まれたのかと思うぐらいそっくり描かれている。
「オミガキ」には畳を一枚か2枚上げて、床にゴザ、新聞紙等を敷き
数人が囲む。
磨き方に手順があって、最初の人は仏具に洗浄液を塗り
次は布で満遍なく軽く拭き
おしまいに新聞紙で丁寧に力を入れて磨く。
以前はオミガキ用として水田の入り口にひとかたまりの稲が植えられ
刈り取ったら陰干しにして、柔らかい藁をつくる人も居た。
今は金属磨きで遥かに楽だ。
一首は白い軍手と車座の二点を中心に
「も、に、の、て」のテニヲハがうまくつがれて
すきのない歌。
若い頃に聞いた話を。
(問)ツルカメの燭台はツルは千年、カメは万年ということですか。
(答)違う。ツルの脚は長いまま、カメの脚は短いまま。
その機そのままの救いを表したものです。
先住と手伝い人のやりとりだ。
今はこう話す。
仏具は磨けば磨くほど光る。
私の心は磨けば磨くほど地金が見えると。
ただし、反応はない。
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鶴の足は長く、亀の足は短い。
鶴の足も亀の足も、それぞれ持って生まれた特性であるから、
尊重されるべきもの。
歎異抄(たんにしょう)のなかにも、同じような言葉があります。
「弥陀の本願には老少善悪の人をえらばれず」。
阿弥陀さまの智慧の光は
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