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初めて「死」を意識したのは、多分小学2年のときです。「多分」というのは、はっきりと覚えていないからです。(ひょっとしたら、小学校就学前かもしれませんが、なんとなく私の意識が小学2年だと訴えるのです)

ちょうど父も祖母も姉弟も出かけていて、家には私と母だけでした。

母は、道路を隔てた菜園で土いじりをしていました。

私はひとり家にいて、ふと胸に手を当てました。そのとき、心臓の鼓動に気づき、とても驚いたのです。
それまで「心臓が動くものだ」というのを知りませんでした。


「大変だ、病気かもしれない。死ぬかもしれない」
と慌てて靴を履き、母のもとへ急ぎました。

「どうしたの」

「死ぬかもしれない。病気かもしれない」
走った私は息が荒くなっています。
それを見て母が心配そうに近づいてきました。

「どうしたの」
「ここが、動いてる」

胸に手を当てて、言いました。

私の顔を見て、母がにっこりと笑いました。

「大丈夫だよ。元気な証拠。そこはみんな、動いてるの。動かなくなったら大変」

ほっとしました。
私と母は、家に戻り、台所の食卓に着きました。

安心したものの、次にまた気になることが起こりました。

「ここが動かなくなったらどうなるの」

母は少し間を置いて
「動かなくなったら、死ぬの」

「死ぬの?絶対?」

「心配しなくてもいいよ。ずっとずっと、何十年も先のことだから」

「でも、動かなくなったら死ぬの?
 そしたら、どうなるの?
 ずっと、目が覚めないの?」

「そうだよ。でも心配しなくてもいいよ。ずっと先のことだよ」


私はとてもおそろしくなり、泣きました。
ずっと目が覚めない、ということが子供心に怖く、どう気持ちを処理すればいいのか、全く分かりませんでした。

そのときから、ずっと、私は気持ちのどこかに「死」を意識してきたと思います。
自分ひとりの力で生きているのではないことも、そのときに感じました。

台所で感じた怖さが全く無くなったわけではありません。
自分にとってそういう怖さが、ゼロになることはこれから先もないような気がします。

けれど、いろいろな思いをめぐらすことで、「死」が恐れだけではないことも少しずつ分かってきました。
そして、もしもいつか「そのとき」が来たら、ちょっとくらいは「大丈夫」と思える瞬間があるのかもしれないと思うことがあります。

本当にささやかな、針の先ほどの希望なのですが、「大丈夫」とわずかにでも思えるときがある。それだけでも、私には大きな収穫です。







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