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 仕事や家庭で、自分の説明をすぐに分かってもらえないときに「それくらい以心伝心でパッと理解してほしいなあ」と思うことはありませんか。
「同じ仲間なんだから」
「長年連れ添った夫婦なんだから」
「血のつながった親子なんだから」
 いろんな理由で、以心伝心を強要しているのを見かけます。メールで上司から「これだけ書いても分からんのか!」と叱声でも届こうものなら、それこそ「威信電信」お~、こわ、です。それでは、大事な相手を萎縮させることにもなりかねません。

 禅問答という言葉をご存じでしょうか。言葉であって言葉でない。問答であって問答でない。傍目には訳が分からないように見える禅問答が成り立っているのは、そこに「心」があるからです。
 仏教でいう「以心伝心」は、まさに言葉を超えたところにあります。
 経典や説法は確かに、教えを得るための手がかりではありますが、いちばんの手段は「心から心へ伝える」これをおいて、他にないのです。
 
 となれば「以心伝心」は、師自らが率先して教えを自分で実行し、表現すること。そしてその姿を見て、真実の心を理解した弟子が自らの中に眼を見開き、道を求めていくことです。
 二人の心が別々の場所にあって、パッとつながるということではなく、心が心を目覚めさせる、師と弟子が寄り添った姿なのです。
 師は仏様、弟子は人間と言えるでしょう。

 仏様の教えでさえ、そうなのです。
「以心伝心」というような、心が通い合う間柄を望むのであれば、それぞれが心を尽くして普段から行動し、敬いあう必要があるのではないでしょうか。



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