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昔は、どの家も鍵などかけていなかったように思います。
とくにうちの実家は寺院でしたから、本堂だけでなく、住まいのほうも鍵はかけてありませんでした。
インターホンなどありませんでしたけれど、門徒さんがドアをガラガラと空けるその音で来訪が分かるわけです。

家族で揃ってどこかへ言ったこともありませんでした。
夏休みともなれば、みんなで海水浴に行ったりするものですが、うちではいつもおばあちゃんに留守を頼んでから行きました。

「門徒さんが来られるかもしれないから」です。

人の死は待ってくれません。
海水浴が終わってからとか、この仕事が終わってからということはありません。

どなたかが亡くなると、夜中でもそれを知らせに門徒さんが来られます。
すると、住職の南岳はそれまで寝ていても、すぐに衣に着替えて、本堂で読経をしていました。

今では、南岳も住職を長男に譲り、訃報を持ってこられるのも故人の縁者ではなく
葬儀社の方です。
夜中に電話がなることもまずありません。

しかし、かつては南岳も母も、24時間、寺にかかりっきりでした。
お身内がなくなって、区切り区切りで法事があります。
そのたびに、南岳は短い話を必ずします。
死について、生について、仏様について。
それを聞かれた門徒さんはまた寺に来られると、今度はご自身の「生きること」について
話をしてお帰りになります。

南岳は「聞く」のが仕事であるかのように、いつも深くうなずきながら
門徒さんのお話を静かに、時折相づちを打ち、聞いていました。
気がつくと、30分、1時間と…。

家族全員で出かけたことが一度もないのは少し寂しいことではあります。
が、大人になって両親の姿を思い出してみると、24時間のマクドナルドでさえも交代勤務なのに、代りがいない仕事を昼も夜もなく、よくがんばっていたものだと思います。

物質的にはつましい生活でしたが、心は豊かでした。