心の縁側/人気ブログランキングへ←クリックをお願いします。

「脱工業社会」が叫ばれるものの、日本企業の長時間労働はなかなか改善されません。
最近でこそ、「名ばかり管理職」への抗議も見られるようになりましたが
実に氷山の一角であることでしょう。
ある程度の年齢になっても、そのままの職場で任を終えられることは希です。

「老害」という言葉は悲しく、重い。
周囲は愚か、高齢者が自身で使うのはさらに悲しく、空しく感じられます。

素晴らしい時代を築いた方々に、私たちはもっと尊敬の念を払ってもいいのではありませんか。
指導者の世代の交代は行えばいいのです。権力で牛耳るなどはもってのほかですから。

しかし、中堅で支えてきて、中堅のまま退いていく層が確実にあります。
データでは計れない、微妙な頃合いを指先や皮膚で知覚できる
「アナログな知」を持つ方々です。
「ノイズ」の楽しさと豊かさを知るからこそ、「勘所」が分かるのです。
その方々が生き生きと仕事をしてこそ、若者は安心するはずです。
やがては自分、ですから。

「合理化」の名の下、貴重なその知を遠くへ追いやってはいけません。
今しかないのです。その方々が退かれるギリギリまでマンツーマンで受け継ぐのでなければ
日本は永遠に工業社会のままです。「脱」などできません。

見ていると日本の高齢者が小さく小さくなっていくようで……。

やがては、皆通る道、なのです。