
今朝のある番組で、コメントを求められたある方が、秋葉原の事件について
「器物破壊化殺人です」
こう言われました。驚きました。
人を人とも思わないという意味だそうです。
いいのでしょうか。
そうした類型化を行うことで、今度のような事件が
とても異質な、あり得ないことだとほうむられてしまう危険性があります。
第一、この言葉を聞かれたご遺族のお気持ちはどうなるのでしょうか。
恐ろしい名前をつけて、パターン化することで
「人間が、人間に対して起こしたこと」という気持が希薄になってしまいませんか?
犯罪科学のうえで、分析が大事なのは分かります。
「分かる」とはまさに「分ける」ことに発しています。
けれど、「分からない」ところから始めるのも、大切なことではありませんか?
異質なものとしてほうむってしまって、一番うかばれないのは被害者とご遺族です。
どうか、無駄にしないでください。
残された私たちは、失われた尊い命を、無駄にしないようにしなくてはいけません。
情報を合理的に整理すると、時に大事なものを見失うことがありはしないかと気がかりです。