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思えば、震災が来なかったらいろはっちの家族記念日を祝い。
リヒトさんの家族記念日も祝い。
これまでとなんら変わりのない日々を送っていたはずでした。
んが。
あの地震。
我が家は幸いなことに海から離れており、津波を被る事はなかったので良かったですが。
地震直後は、いろはもリヒトも怖かったのだと思います。
家の中にいたがらず。
ほんのちょっとのすきをついて家の外に脱走。
危うく迷子になるところでした><
震災から半年経って、ようよう落ち着きを取り戻してきたと思います。
お家の外に出たがり、はなくなりましたし。
私の留守中に地震が起きると、二人でくっついてやり過ごしているようですし。


相変わらず、地震警報は発令してるけど。
大分震災前の状態に戻ってきたのかなと思います。
もう、あんな地震が起きませんように。
祈りたいです。
リヒトさんの家族記念日も祝い。
これまでとなんら変わりのない日々を送っていたはずでした。
んが。
あの地震。
我が家は幸いなことに海から離れており、津波を被る事はなかったので良かったですが。
地震直後は、いろはもリヒトも怖かったのだと思います。
家の中にいたがらず。
ほんのちょっとのすきをついて家の外に脱走。
危うく迷子になるところでした><
震災から半年経って、ようよう落ち着きを取り戻してきたと思います。
お家の外に出たがり、はなくなりましたし。
私の留守中に地震が起きると、二人でくっついてやり過ごしているようですし。


相変わらず、地震警報は発令してるけど。
大分震災前の状態に戻ってきたのかなと思います。
もう、あんな地震が起きませんように。
祈りたいです。
3月11日。
午後2時46分。
東日本大震災という名前がついた、あの地震が起こった日。
あれから半年が経ちました。
今回の地震では、津波が多くの命を呑み込み沿岸部の景色をがらりと変えてしまいました。
まさかここまで。
ここが?
今まで津波を被ったことのない地域までが、波に飲まれて。
そして人の命がたくさん消えました。
更には福島原発の事故。
まき散らされた放射能は、確実に人の生活を脅かしています。
実家のある丸森町は、福島県との県境にあるので。
健康調査の対象地域にもなりましたし、校庭の砂を除染しなければならなくなりました。
福島の方の苦労にくらべたら、故郷を離れなければならない事に比べたらまだいいのかもしれないけれど。
それでもやっぱり、自分の故郷が汚れていくのは悲しいですよね・・・・
仙台は風向きのおかげなのか、さほどセシウムがどうのという話題にはなりませんが。
だからといって安穏とはしていられないと思います。
今回の震災を受けて感じたのは、日常生活を普通に送れる事がどれだけありがたいのかという事。
テレビの向こう側の事だったのが、いざ現実になってみると初めてわかる。
電気も。
ガスも水道も。
近所の皆さんのあったかさも。
見知らぬ人との助け合いだって。
すっごく大事なんだ~って。
半年が経って、だいぶ津波の被害を被った場所の片づけも進んできたけれど。
まだまだ、瓦礫が残っているところ。
たくさんある。
いつか、元の通りにそれ以上になることを祈ることしか私には出来ないけれども。
生き残った私たち。
亡くなった人たちの分まで、未来に向かって生きてくしかないと思うし。
桑田さんの歌みたいに、前に進んで行くっきゃないよね!
亡くなった人たちに、心からのご冥福を申し上げます。
私たち、頑張って立て直していきますから。
どうか、見守っていてください。
午後2時46分。
東日本大震災という名前がついた、あの地震が起こった日。
あれから半年が経ちました。
今回の地震では、津波が多くの命を呑み込み沿岸部の景色をがらりと変えてしまいました。
まさかここまで。
ここが?
今まで津波を被ったことのない地域までが、波に飲まれて。
そして人の命がたくさん消えました。
更には福島原発の事故。
まき散らされた放射能は、確実に人の生活を脅かしています。
実家のある丸森町は、福島県との県境にあるので。
健康調査の対象地域にもなりましたし、校庭の砂を除染しなければならなくなりました。
福島の方の苦労にくらべたら、故郷を離れなければならない事に比べたらまだいいのかもしれないけれど。
それでもやっぱり、自分の故郷が汚れていくのは悲しいですよね・・・・
仙台は風向きのおかげなのか、さほどセシウムがどうのという話題にはなりませんが。
だからといって安穏とはしていられないと思います。
今回の震災を受けて感じたのは、日常生活を普通に送れる事がどれだけありがたいのかという事。
テレビの向こう側の事だったのが、いざ現実になってみると初めてわかる。
電気も。
ガスも水道も。
近所の皆さんのあったかさも。
見知らぬ人との助け合いだって。
すっごく大事なんだ~って。
半年が経って、だいぶ津波の被害を被った場所の片づけも進んできたけれど。
まだまだ、瓦礫が残っているところ。
たくさんある。
いつか、元の通りにそれ以上になることを祈ることしか私には出来ないけれども。
生き残った私たち。
亡くなった人たちの分まで、未来に向かって生きてくしかないと思うし。
桑田さんの歌みたいに、前に進んで行くっきゃないよね!
亡くなった人たちに、心からのご冥福を申し上げます。
私たち、頑張って立て直していきますから。
どうか、見守っていてください。

