はじめまして![]()
人”そのもの”ではなくて
”パターン”解析から人を紐解く
新しいアプローチの
セッションログを置いてます![]()
応援よろしくおねがいします![]()
この記事は、自己像が曖昧
人間関係に揺らぎを感じる方へ向け
自分のことを、うまく言葉にできない。
人との距離感が、なぜかいつも少しずれる。
立ち位置が定まらないまま関係性の中で揺れてしまう。
うまくやれているはずなのにどこか噛み合わなさを感じている。
受け取りは、意思じゃない
また、LINEの返信を少し遅らせた。
別に嫌いじゃないのに。
むしろ、うれしかったのに。
でも、先に送ると
なぜか“負ける”気がしてしまう。
そんな自分に気づいて、
少しだけ、ため息が出る。
これ、偶然じゃない。
距離は選んでいるわけじゃない
縁フラで何度も見るのは、
この“距離の取り方”。
多くの人は、自分で選んでいると思っている。
好きだから近づく。
怖いから引く。
でも本当は、
もう少し手前で起きている。
本人が選ぶより前に
すでに動いてしまっている
ごく初期に身についた
応答と反応のパターン。
それは性格でも、意志でもない
どの層で。
誰の声で。
どんな距離で。
どんな空気の中で。
条件がそろったときに起きた“出来事”
私たちはそのまま、人と関わり続けている。
はじめの重心が戻るとき
セッションで起きることは、
何かを教えることではない。
無理に思い出させない。
納得させない。
説明しない。
ただ、
同じ層で、同じ速度で、同じ深度で、
そっと置かれる。
すると、
まとわりついていた情動が、静かにほどける。
世界の見え方が、
ほんの少し切り替わる。
言葉の奥にあったもの
制作に集中しすぎて、
輪郭がふわっと曖昧になっていたとき。
HII氏が電話をくれた。
集中できちゃう分、ふわっとするから。
そこ、気をつけようね。
その言い回しに、既視感があった。
昔、父に言われていた言葉と
よく似ていた。
正すでも、矯正するでもない。
ただ、そのまま見ている視線。
そこにあったのは、
大きな肯定だった。
受け取りは、意思じゃない
かつての私は、
それを指摘だと受け取っていた。
「しっかりしなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」
そうやって、
自分を急かしていた。
点だった出来事が、模様になる
父が亡くなったあとも、
その縁は、内側でずっと動いていた。
別々の出来事だと思っていたものが、
一本の線でつながる。
そして気づく。
それは線ですらなく、ひとつの模様。
セッションでは、
ばらばらに見えていた断片が、
情動と一緒に浮かび上がってくる。
直す、とか。
越える、とか。
そういう話じゃない。
ただ、
向きが戻るのを待っているだけかもしれない。
次の一歩
縁フラセッションでやっているのは、
あなたの中でずっと動いている
「パターン」を観ること。
・なぜか同じ距離を取ってしまう理由
・うまくやれているのに、どこか満ちない感覚
・本気を出す一歩手前で止まる癖
変えるためではなく戻るための時間。
P.S.
たぶん、あなたはもう薄々わかっている。
困ってはいない
でも、どこかもったいない。
なんとなくうまくやれてしまう人が、
ちゃんと振り切るための時間。
スイッチは、外にはない。
