死んでも会社回せるか? | energy workmanのブログ

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イギリスから渡ってきたインテグレートヒーリングという筋反射を利用し、心と体の両方を癒すヒーリングメソッドを使ったサロンを経営しています。なりたい自分や自分の可能性を高める生き方をサポートします。

ふと食卓で、僕がいなくても会社やっていける?と夫に聞かれました。即答で、イエスと答えたものの、え?どういう意味?って確認で聞くと、僕が死んでも、っていういう意味でふと大丈夫かな、と思ったそう。

まだ死なへんから大丈夫やけど、(大阪弁で話しているわけではない彼ですが)と言われ一安心したわけですが、当たり前に行っている日常が当たり前に行えないときは起こりえますよね。

ありがちなのが、コンピューターが壊れること。文書が、データが取り出せない!では仕事にならない方も多いでしょう。実際、別にいらなかったドキュメントだらけのコンピューターだった場合もあるでしょうが。

7年なんのトラブルもなく使っていたMacBook Proですが、ソフトウェアが私の「古い」OS では使えないとのことで新しいMacBook Proに買い換える羽目になりました。現代文明のもったいなさですよね。iTunesの音楽ははっきり言ってもう聞いていなかったし、どっさりある子供の写真は振り返ってみることもなく、気に入ったのは印刷してアルバムに入れてあるので、一応ハードドライブに写真は入れたものの音楽はサヨナラしました。

ダウンロードした音楽って粗末に扱ってしまいなせんか?CDで買ったときの喜びはなく、音質も悪し。なんか便利だけど、ワクワク感に欠けます。

7年の自営業で鍛えられて、全然リーダータイプでない私が、人事やマネジメントもこなせるようになって会社を切り盛りできると即答できたのには驚きでした。ただ、営業だけはできないので、右腕のK君が必要ですが。

ふとそれから数日して、思ったのが、私なしでも会社回していけるの?っていう夫への質問です。あらゆるログイン情報は私しか知らないし、請求書の支払いも私がしています。家計を握っているのも私。

パスワードアプリを共有する時がやってきたのかも。遺言を準備することも大切なのかも、なんてまだ40代にもなっていませんが思ったりします。

私が事務の人を教えるときの基本は、自分が明日来れなかったとしても、他の人が仕事の情報を共有できること。クライアントの留守電にメッセージを残す、大抵次の日に電話が折り返しかかってきます。その次の日にメッセージを残した人物が仕事を休んでいたら、えーっと彼が今日は休みなので、明日来たら電話させますとなりますよね。

情報を共有することで、電話に出た人が対処できる、これが私の目指すところです。当たり前のことですが、なかなかできる人がいない。

一ヶ月事務のポジションについた人を教えましたが、クビです。残念ですが、人の能力には限りがあってある程度のレベルに達しない人をいちいち教えている暇もありませんので、ハイ次の人、となります。

覚えが悪い人や、支払いの催促をするのに抵抗がある人などを見ると、ヒーリングセッションをして修復できるんじゃないかと思うこともしばしばですが、普通の会社なのにあなたヒーリングしますから、別室に来てください、というのも怪しいからまだしたことはありません。したくてたまらなくなる人も会社にはゴロゴロいますが。

明日わたしが死んだら、子供はどうやって大きくなるんだろう?と思いますが、どうしようもないですよね。死後のことはわからないけど、見守ることができるのであれば、そうします。1日たりとも子供の二人とは離れたことがないので、私なしの生活にいきなりなるのは受け入れるのが大変だろうなと思いますが、人間はどんな状況にも慣れるものですから、それはそれで流れに沿うしか仕方ないですね。

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当たり前の毎日に感謝しざるをえません。そして、家族のために元気で長生きしたい。130歳くらいまで生きたいと欲深く目指しております。130歳になったらどんな世界になっているんだろう?花柄ばっかり着るとか、派手カラーばっかり身につける、とかすごいスタイリングな人になりたい。花柄がすきなわけではないのですが、年配の人が可愛らしいプリントを着ていたりすると素敵だなと思って。

明日大切な人が死んでしまったら?そんなことを想像したらどんな気持ちですか?死を恐れることはありません。それは誰にでも必ずいつか訪れるもの。産まれるときは予定日がありますが、死ぬ予定日はありません。ガンの余命なんてあてにならないので、予定日のうちに入りません。

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どう生きるか?どんな生き方を子供に見せるか?そんなことを考えさせられた夫の質問でした。