第23回:1985年レベルの省エネを〜省エネマイスター・野池政宏さん(省エネ) | 全国ご当地エネルギーリポート!

全国ご当地エネルギーリポート!

-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

■省エネマイスター登場!

 ワクワクするような自然エネルギーの取り組みを伝える「高橋真樹が行く 全国ご当地電力レポート!」。3月8日に、日本建築家協会が主催するセミナー(新宿)で講演をさせていただく予定です。住まいとエネルギーというのも非常に重要なポイントになるので、ぜひご参加ください。

詳しくはこちらへ

さて、本日取り上げる方はその住まいの省エネのエキスパートになります。省エネは発電などの「創エネ」とセットで、社会をエネルギーシフトする際になくてはならない存在ですが、つい発電ばかりが注目されてしまいがち。そこで、一般家庭を対象にしたエネルギーの調査、提案、アドバイスなどを行っている「住宅アナリスト」の野池政宏さんにお話を伺ってきました。野池さんは、3・11の震災を機に、具体的なアクションにするため「一般社団法人Forward to 1985 energy life」を立ち上げました。1985というのは、家庭のエネルギー消費量を2011年に比べて半分だった、1985年のレベルにしましょうというメッセージです。
 大阪と東京を拠点に、研究者とも建築家とも異なる立場から「省エネマイスター検定」や「野池学校」など、一般の方や建築家に向けてユニークな発信を続けている野池さんに、省エネについて伺いました。


Forward to 1985のホームページ画面

■なぜ1985年なのか?

 日本のピーク電力と年間発電量を調べたら、原発がなくても十分やっていけるというのが1985年頃でした。また現在の家庭部門の電力消費量と3・11前の原発による発電量はほぼ同じで、家庭部門の電力消費量をゼロにすれば原発は不要になります。ただそれは非現実的なので、それをあと20年くらいかけて半分にしようというのが1985の目標です。半分にするのはそんなに難しくありません。ぼくの自宅の電力消費量は実際そのレベルですが、節電などめちゃくちゃがんばっているという訳ではなく、快適な暮らしができています。

 「Forward to」に込めた思いは、決して過去に戻るということではないということです。エネルギーを消費することが豊かさの象徴だった時代を越えて、快適さと省エネを両立する知恵を使おうよと呼びかけたかったのです。
 そのときなぜ家庭が対象なのか。もちろん、エネルギー消費量の多い産業部門をなんとかするという方法もあるでしょう。でも産業部門の急な省エネは経済に悪影響があるし、家庭ならすべての人が取り組めます。自分の家のエネルギーのことを考えることで、日本全体のエネルギーを大事にしなきゃという意識も出てきます。1軒の家の省エネは小さいけれど、それを集めればとても大きな省エネになります。


講演する野池宏政さん
 

■「住まいと暮らし」の視点から、省エネをすすめる


 省エネで大事な点は3つあります。ひとつは、建物自体に工夫すること。次に建物で使う設備の効率を考えること。そして太陽光パネルなど、エネルギーを創る設備の導入を考えることです。大事なのは順番です。最初に建物を考えないといけません。そこを工夫すれば、そもそも使うエネルギーを減らせて、快適になるのです。太陽光パネルをつけても、それ自体では快適にはなりませんよね?だから機器よりまずは建物を考え、設備はその次ということになります。

 省エネは関心のある人とない人の溝が大きいので、それぞれに対するアプローチはまるで違います。震災以降まじめに省エネリフォームなどを考え、関心が高い人に対しては、わかりやすく家造りに結びつく情報を提供しています。 

 関心があまりない人たちは、省エネイコール「我慢する」というイメージがありますから、まずそうではないことを伝えます。例えばお金をかけなくても、あるいは持ち家じゃなくても、工夫すれば快適になることはいっぱいある。でも情報が偏っているので、一般の人にはそういう話がほとんど耳に入っていないのです。例えば2012年の夏、原発が止まったら大変なことになると言われていたとき、節電に関する情報がたくさん流れていました。でも大半は機器の選び方や使い方で、住まいと暮らしに関わる部分がものすごく薄かった。これを変える必要があります。

■「1985家族」を増やしたい

「Forward to 1985 energy life」のサイトでは、ネット上で、家庭のエネルギー判定ができるようになっています。家庭の年間の電気とガス、灯油の消費量を入力したら、数字が出てくるのです。それで目標達成した家を、「1985家族」と認定しています。今は入力している人が300世帯ちょっとで、1985家族になっているのが17世帯(2014年1月現在)です。その数が20年後に3800万家族くらいになってくれば、省エネ社会の実現が近づきます(笑)。

 まだまだ知っている人が少ないので、目標との開きは大きいですね。まずは小さなエリアで集中的に広めるなど、モデル地域になるようなところをつくり、計画的にすすめて行きたいと思っています。いずれにしても、まずは自分の家がどれくらいのエネルギーを使っているかについて知ることから始めることが大事になってきます。このサイトはそういう意味でも活用してほしいですね。

 「Forward to 1985 energy life」には、さまざまな事業者の方が参加しています。そして実際に省エネしようと思ったときに、どこに相談したら良いかという「地域アドバイザー拠点」を紹介しています。「地域アドバイザー拠点」には、うちの団体が規定している「暮らし省エネマイスター検定」に合格したスタッフが必ず一人いるという条件になっています。このような形でそれぞれの地域に省エネの専門家と役割が広げていきたいと思います。


2013年11月7日に開催された「foward to 1985」が主催するシンポジウム

■活動のきっかけは3・11

 ぼくは理系出身で、環境問題に対して何かしたいとずっと考えていました。あるとき住宅の環境を調べる機会があって、シックハウスや環境ホルモンの問題などに触れました。そこから日本の森林が抱える問題や、エネルギー効率、環境評価の手法など幅広く勉強していくうちに、建築関係の方から相談されるようになったのです。建築家でもないのに、いつの間に住宅とエネルギーの専門家のようになってしまったんですね。

 「Forward to 1985 energy life」を立ち上げたのは、3・11の震災が起きてからです。家庭の省エネのことをずっとやっていたので、2011年の段階ではいろいろな知識が身についていました。個人で活動するだけではなく、社会的な役割を考え、アクセルを踏むことにしようと思いました。これからのエネルギーを考えると、どうしても自然エネルギーと省エネが両輪になります。自然エネルギーをやる人は他に必ず出てくるので、ぼくは省エネをやろうと思いました。

 行動を起こしたモチベーションには、原発事故の衝撃があります。ぼくがものすごく後悔していることは、人と話をするとき、原発の話に触れずにきたということです。これまでも原発について考えていましたが、「ゲンパツ」とちょっと言葉にすると、相手との溝ができて、よくない雰囲気になってしまうことがありました。それでやめておいた方が無難だなと、避けるようになっていたのです。反原発運動に対する感情的なアレルギーがあったのも確かです。ぼくが原発について話したからといって、何かが変わったわけではありません。でも、これからはエネルギーのことを話す際に、原発のことに触れずにいるのはやめようと、心に決めました。 


野池さんの自宅にされている省エネの工夫。ルーバー雨戸と断熱スクリーン
 
■省エネは地域エネルギー事業と同じ

 高橋さんが取材されているような「ご当地電力」と呼ばれる、エネルギーの地域での自給プロジェクが増えています。それは、外国に燃料代を払うのではなく、地域でお金を回す仕組みを作ろうというものですよね。建物を省エネ化するというのはそれと同じ話で、地域の工務店や住宅会社が省エネに取り組み、そういう家が増えていけば光熱費を減らせます。それは、地域にお金を戻すことにつながるのです。そのような意味でも、自然エネルギーに取り組む人たちと一緒に何か新しいことをやりたいと思っています。 

 これからの20年で省エネ社会を実現するためには、それぞれの家庭や地域の取り組みが欠かせません。先ほどぼくは3800万世帯を省エネ化したいと言いましたが、そこに至るプロセスやアプローチは、地域の状況、家族関係、価値観も含めてすべての家庭が全部違っています。それに対して、きめ細かく一緒に考えていける人材を育てていくのが自分の仕事だと思っています。今は全国に拠点が60社ちょっとですが、1000社くらいをめざしたいですね。そんなのが日本で出来たら面白いし、エネルギーだけではなくて、今あるいろいろな問題を解決する手がかりにもなるはずです。

 最近は省エネやエコに視点を置いた住宅がたくさん出てきています。でも、もっと細かいところも含めて、暮らしや住まいを変えていくことを提案しているものは少ない。だから僕たちがやるべきこと、やれることは、ものすごいいっぱいあると思っています。

■感想として

 野池さんのお話をうかがって、家庭の省エネのポテンシャルを改めて感じました。いま日本では、「自然エネルギーといえば太陽光発電」というような誤った認識が広まっているのですが、効率の良いエネルギー利用をすれば、電力消費が減り、太陽光発電さえ必要でなくなる可能性もあるのです。エネルギーの利用は、つねに省エネを前提に、総合的に考えたいものですね。

 ご興味のある方は、1985のホームページを訪ねて、1985家族の登録や、省エネマイスター検定にチャレンジしてみてはどうでしょうか?検定は簡単ではありませんが、テキストをもとに勉強するもので、一般の方でも合格している方は少なくないとのこと。建築関係の方は実用的に使えますし、一般の方もよい学びの場になるはずです。あなたも省エネを広めるマイスターになってみませんか?


※野池政宏さんプロフィール
住宅とエネルギーをメインテーマに「住宅アナリスト」として活躍。住まいと環境社代表、株式会社暮らし省エネルギー研究所代表、一般社団法人Forward to 1985 energy life代表理事、一般社団法人 パッシブデザイン協議会代表理事。著書に『本当にすごいエコ住宅をつくる方法』(エクスナレッジ・共著)など多数。

◆Forward to 1985と野池さんの活動について詳しく知りたい方はこちらへ
Forward to 1985 energy life のサイト