イギリスのエネルギー事情 | エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議

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テクニカル・アドバイザー
片野俊雄



今回は、イギリスの新エネルギー事情を紐解いてみよう。
フランスとともに欧州の核兵器保有国であるイギリスは、アメリカより早く1956年に    イングランド北西部コールダーホールに西側世界で最初の原発を稼働させている。
その後、30年間続いた原発建設は1990年台に入って急ブレーキがかかった。
北海油田の生産が軌道に乗り、自給率100%を超える状況になったことが背景にあるが、それ以上に大きかったのがサッチャー改革の影響だ。
石炭産業をはじめとする国有企業の民営化に取り組んだ保守党のサッチャー政権は   1989年に電気法を成立させ、国有電力会社の分割民営化に踏み出した。                  
発電や配電部門は民間企業となり、電気料金は市場取引で決められた(日本の電力会社は民営だが、なんと今、日本で行われつつある電力改革がイギリスでは25年前に実行されたのだ)。
商業ベースに乗らない黒鉛減速ガス冷却炉は政府の100%持株会社である   
イギリス核燃料会社に集約され、今は政府組織の原子力廃止措置機関に移譲されて、
封鎖・解体作業が行われている。比較的新しい改良型ガス冷却炉や加圧水型炉は1996年設立の民間原発会社ブリテイシュ・エナジー社に移管された。
同社は、その後、苦難の道をたどることになる。2000年台に入って厳しい料金競争が
広がり、卸売価格はみるみる下がった。使用済み燃料の再処理や廃炉費用の負担を抱える同社はたちまち資金繰りが悪化して経営難に陥った。自由競争市場で原発企業は他の電力になかなか太刀打ちできない。政府の緊急融資によって、かろうじて救済された。
結局、2008年、フランス電力公社が、当時のレートで約2兆5千億円でもの巨額資金を出して、同社の買収を決めた。ただ、イギリス国内に反発や抵抗の声はあまり起きなかった。
国境や市場を開放して、最も競争力のあるプレーヤーに事業を委ねるのは、イギリス社会に広く定着している考え方だ。世界中の優秀なテニスプレーヤーを集めて、頂点を競い合うウインブルドン大会はこうしたイギリスらしい考え方を示している。
(日本の大相撲がこの現象によく似てきましたね。両国現象とでも言いましょうか?)
エネルギーの世界でも既にウインブルドン現象が広がっていた。
民営化されたイギリスの発電・配電市場を狙って当時、フランス電力公社をはじめ、ドイツの大手エーオン社やRWE,スペインのイベルドローラ社など欧州大陸の電力会社が次々と
参入、イギリスの電力企業を買収していった。この結果、イギリスの大手発電や配電企業の多くが外資系企業となった。サッチャー首相の手によって、非効率な国営電力公社の姿は消えた。

しかしながら、2000年代になると再び原発回帰の動きが起きて来た。
この頃、イギリス国民を心配させる予測が流布していた。
北海の油田やガス田の開発と利用が進み、枯渇が間近に近づきつつある。さらに、
CO2排出量の増加による地球温暖化でイギリスなど先進国だけでなく、アジアやアフリカと
いった途上国世界にも深刻な影響が出かねないーそんな予測が、現実味を持って人々に
受け止められた。2008年、ブラウン政権は、原発推進への転換を正式に決めた。
それ以来、許認可手続きの見直しなどによって、民間会社が開発しやすい環境整備を
進めてきた。2010年の総選挙で発足した保守党主導のキャメロン政権も、推進姿勢を
前政権から踏襲した。
地球温暖化へのイギリスの熱心さは、他の国に比べてもひときわ目立つ。2008年に施行された気候変動法には、2050年に温室効果ガス排出量を1990年比で80%削減するとの目標が盛り込まれた。2012年に90年比12.5%削減という京都議定書の目標は、
石炭から天然ガスの燃料転換によってすでに達成している。
イギリスが地球温暖化政策に熱心な背景には、①科学者への信頼が厚く、科学的知見が政策として実現されやすい、②環境NGOが活発に活動している,③CO2排出権取引をいち早く導入し、市場原理による問題解決を図ったーといった点があげられよう。
現在、イギリス政府は、再生可能エネルギーを2020年までに最終エネルギー消費の
15%とする目標を立て、洋上風力発電の大規模な開発を進めている。
ただ政府はCO2取引価格に下限値を設けて、火力発電所が購入する排出権価格を
高めにして、低炭素電源である原発建設を有利とする政策を進めようとしている。
原発回帰を図るイギリス政府が重視しているのが、隣国フランスとの協力強化である。
フランス電力公社はイギリスで計4基の原発を新設する計画だ。
フランスが、フランス電力公社(アレバ社・アルストーム社とのパッケージ)の生き残りをかけて、イギリスでの原発建設や運転で中心的な役割を果たそうとする狙いがうかがえる。
地球温暖化対策と北海油田の枯渇問題それとスコットランドの独立問題(北海油田の中心地域・2014年9月に住民投票)隣国フランスとの関係強化を考慮しての原発復帰と洋上風力にかけるイギリスの新エネルギー事情でした。

 筆者は、サッチャー政権時の1980年代後半にイギリス・ロンドンに駐在した。
サッチャー首相によって行われた徹底した民営化で全ての分野が市場原理に委ねられた。
そのことは、すなわち自分で全てを選択しその責任は全て自分がとるという自己責任の
世界だ。今、日本は正に最後の砦の電力分野が福島第一原発事故をきっかけに発電・配電・送電の分離と小売自由化の道筋がついて電力分野が本当の意味での市場原理に委ねられようとしている。すなわち、我々自身がエネルギーの選択をできる時代がやってきたのだ。