案山子のトモダチ
カカシ
アルジ
語り手
語り手:これは、昔昔のそのまた昔。世界に、魔法使いがいた頃のお話。魔法使いの下僕として命を吹き込まれた、一体の案山子がいました。案山子は魔法使いと世界中を飛び回り、たくさんの思い出を作りました。友達も、家族もいなかった案山子は、とても嬉しくて、毎日が続けばいいと、何度も願いました。しかし、運命とは残酷なものでした。政府の決めた政令により、魔法使いは魔力を献上し、「人間」として余生を過ごすことが決まったのです。それは、日々危険と隣り合わせだった魔法使い達に「安全な生活」と「寿命」を与える政令でした。
(間)
アルジ:お前は...幸せだったか?
カカシ:そんなことを、何故聞くのですか?
アルジ:お前なら、そう言ってくれると思っていたよ
カカシ:主様、約束をしましょう
アルジ:約束...ねぇ。破ったら何かあるのか?
カカシ:はい。私が許しません
アルジ:そんな辛そうな顔をするんじゃないよ
カカシ:主様。約束です。必ず生まれ変わって、また、私の主となってください
アルジ:...悪いが、その約束はできないね
カカシ:何故ですか?
アルジ:私は、生まれ変わったらやりたいことがある
カカシ:そこに私は不必要なのでしょうか?
アルジ:今はなんとも言えないが、これだけは伝えておこう...
カカシ:なんでしょうか?
アルジ:お前はこの先、私に囚われることはない
カカシ:主様がいてくださったから、私は今、ここにいられるのです
アルジ:私はただ、興味本位で魔法を使っただけさ
カカシ:主様...
アルジ:さぁ、お別れの時間だ。最期にお前の顔が見られて幸せだったよ
カカシ:...
アルジ:俯くな。前を向け。お前は...
(間)
アルジ:私の大事な人だ
(間)
語り手:それから、何年、何百年と時間が経ちました。カカシは今も、アルジと最後に会ったあの場所で、アルジの帰りを待っています。魔法使いの居なくなった世界で、動くカカシを見た人が怖がらないよう、ただただ立ち尽くし、待ちました。雨の日も、風の日も、雪の日も、雷の日だって、カカシは待ち続けます。たった一人の、アルジの帰りを...
(間)
語り手:そんなある日のこと。カカシの前に、ボロボロの女性が一人、やって来ました。
(間)
アルジ:あなた、喋れるんでしょう?
語り手:カカシは応えません
アルジ:一人でなにをしているの?
語り手:それでも応えません
アルジ:あなた、人を待っているんでしょう?
語り手:カカシは、目を開きました
アルジ:ほら、変わらない
語り手:女性はカカシの目を、真っ直ぐ見つめてこう言いました
(間)
アルジ:私とお友達になりましょう!
カカシ:とも...だち?
アルジ:ほら!喋れるじゃない!
カカシ:...私は、とある人の帰りだけを待っています。貴方がその人であると確証を得られるまで、私はここを動きません
アルジ:その人って、どんな人?
語り手:カカシは、俯きながら、話し始めました
(間)
カカシ:命も、感情も、動く口も体も、何も無かった私に、魔法を使ってくださった、世界でたった一人の私の主様です。あのお方は聡明で博識で、凛としていて、誠実で、曇りのない瞳をしていました
アルジ:その人の名前は?
カカシ:...主様を名前で呼んだことも、名前で呼ばれたこともありません
アルジ:どうして?
カカシ:私はあくまで主様の下僕...名前を呼ぶなど恐れ多くてできません
アルジ:あなた、名前はあるの?
カカシ:...ありません
アルジ:そう...
カカシ:貴方は、主様の生まれ変わりなのですか?
アルジ:私がここで、「そうです」って言ったら信じるの?
カカシ:いいえ
アルジ:それなら、もう少しお話しをしましょう!
カカシ:...はい
(間)
アルジ:あなた、どれくらいここに居るの?
カカシ:もう覚えていません
アルジ:主様って、どんな人だったの?
カカシ:先程申した通りの方です
アルジ:じゃあ、主様との一番の思い出は?
カカシ:...やはり、夜空を魔法の箒で飛び回った事ですね
アルジ:この街の空を?
カカシ:はい
アルジ:空から見るこの街は、綺麗だった?
カカシ:はい。それはもう...脳裏に焼き付くほど、綺麗でした
アルジ:あの時計台で休憩を?
カカシ:そうですね
アルジ:お腹が減ったらあんまんを半分こしたり
カカシ:えぇ
アルジ:箒に乗るのが怖くて駄々こねちゃったり(笑)
カカシ:えぇ...って、何故それを?
アルジ:お前はいつもそうやって、初めて会う人には警戒心を持っていたな
カカシ:あなた...は...
アルジ:随分と、待たせてしまったな
カカシ:...主...様...?
アルジ:お前が私を信じてくれるまで、待つつもりだったが...待ちきれなくてな
カカシ:...本当に、主様なのですか?
アルジ:疑り深いところも、昔と変わっていないな
カカシ:...今まで、どこにいらっしゃったのですか?
アルジ:生まれ変わって、記憶を取り戻すまでとある所にいてな...ふと記憶が戻って、そこを抜け出してきた
カカシ:...何故、ここに?
アルジ:お前に会いにきたんだよ
カカシ:でも、そのお姿...
アルジ:あぁ、勘のいいお前にはわかるかい?
カカシ:はい。貴族の方の正装と、存じ上げております
アルジ:生まれ変わった私は、貴族の子供として生まれてな...それなりに裕福な生活をしていたよ...お前のことを忘れてしまったまま...
カカシ:...
アルジ:でも、ずっと何かが足りなかったんだ
カカシ:なにか...とは?
アルジ:お前だよ
カカシ:...
アルジ:お前の記憶を失った私は、いつも寂しかった。どれだけ両親が尽くしてくれても、どれだけ素敵なプレゼントをもらっても、何かが足りないと、感じていた
カカシ:主様は...昔、生まれ変わった自分に私は必要ではないとおっしゃいました...
アルジ:不必要だとは言っていないだろう?
カカシ:...
アルジ:まだ、なんとも言えない。そういったはずだ
カカシ:主様は、やりたいことがあるとも仰っていました
アルジ:あぁ
カカシ:それは何だったのですか?
アルジ:それはそのうち分かるさ。さぁ、立ち話もこれくらいにして、行こう
カカシ:行こう...とは?
アルジ:新しい私たちの家だ!
カカシ:家...?
アルジ:あぁ、雨ざらしの生活なんて嫌だろう?
カカシ:ですが、私はお金も何も持ってなど...
アルジ:そうだな、お前は案山子だからな
カカシ:...
アルジ:でも、動くカカシがいつまでもここに居ては皆が怖がる。お前はそれを知っていても尚、ずっと動かず、喋らず、ここで私を待っていたのだろう?
カカシ:はい...
アルジ:ならば、行こう!
カカシ:ですが...!
アルジ:私は貴族だったんだ。金は有り余っている
カカシ:主様...
アルジ:こんな貧相な見た目をしてはいるが、金は持ってきたんだ。親からの餞別を...な
カカシ:餞別...?ということは...
アルジ:あぁ、私はもうあの家には帰らないよ。ここでお前と新しい生活を始めるんだ
カカシ:それはいけません!
アルジ:...急に声を荒らげてどうした?
カカシ:今の主様には、大切なご家族がいらっしゃるのです。私なんかのためにそのご家族と離れるとおっしゃるのなら...私は...私は...
アルジ:...お前は本当に優しいな
カカシ:主様...
アルジ:だが、私の気持ちは変わらないよ
カカシ:ですが...!
アルジ:それに、「私なんかのために」なんて言うんじゃない。私は、お前がお前だからここに来たんだ
カカシ:...
アルジ:屈託のない眼差しで私を見る、その真っ直ぐなお前の気持ちを、私は無下にはしない
カカシ:主様...私と約束をしてください
アルジ:お前と約束をするのは、これで二度目だな
カカシ:はい
アルジ:それで、約束とはなんだ?
カカシ:主様には、幸せになって頂きたい
アルジ:...また難しい約束だな
カカシ:簡単なようで難しく、難しいようで簡単な約束です
アルジ:お前は本当に変わっているな
カカシ:主様のおかげです
アルジ:...わかった。幸せになるよ
カカシ:ご結婚をし、家庭をつくるというのも、ひとつの幸せです
アルジ:その時はお前は必ず連れていくよ
カカシ:いえ、私は着いて行きません
アルジ:何故だ?
カカシ:私はあくまで主様の下僕だからです
アルジ:わかった
カカシ:...
アルジ:だが、お前は私と今日初めて会った時の会話を忘れているようだな
カカシ:...
アルジ:俯くな、前を向け。私の目を見るんだ
カカシ:...はい
アルジ:私はお前と「友達」になるためにここに来た
カカシ:...
アルジ:お前が私のことを「主様」と呼ぶ限り、私たちの主従関係は保たれるだろう。だが、私はそれを変えに来たと言っているんだ
カカシ:私と...友人に...?
アルジ:あぁ。そうだ
カカシ:ですが...私には主様しか居なかったのです。友人とは...何をするのですか?
アルジ:んー、そうだな...まずはその「主様」呼びを辞めることだな!
カカシ:で、ですが!
アルジ:なんだ?
カカシ:...いえ、わかりました
アルジ:いい子だ。さて、私の名を呼ぶんだ
(間)
カカシ:存じ上げません...
アルジ:だろうなぁ!!ははっ!
カカシ:笑い事ではありません!
アルジ:そうだな...名はあるが、この名前では些か不便なんだよ
カカシ:不便...とは?
アルジ:私は家を出たとは言え、貴族なんだ。その名は国中に知れ渡っている。その名で呼ばれては、皆の視線が痛いだろう?
カカシ:ですが、親御様から頂いた素敵な名前で、私は貴方様を呼びたい
アルジ:...素敵な名前、ねぇ...
カカシ:はい
(間)
アルジ:マエストロ、だ
(間)
カカシ:主様に似合う素敵なお名前です
アルジ:...そうか?
カカシ:はい
アルジ:周りには「マエス」と呼ばれていた。お前もそう呼んでくれ
カカシ:...マエス様
アルジ:様などいらぬ
カカシ:それは無理です!
アルジ:友達に様付けするやつがどこにいる!
カカシ:ここにいます!
アルジ:屁理屈を言うんじゃない!様など外せ!
カカシ:できません!
アルジ:なんだと?!この頭でっかち!
カカシ:なっ...!マエス様のわからず屋!
アルジ:私とお前は友達になったんだぞ?!
カカシ:ですが様付けだけは譲れません!
(間)
アルジ:ふっ、あははははっ!
カカシ:な、なにがおかしいのですか?!
アルジ:昔もよく、こんな風に不毛な言い争いをしたな
カカシ:...はい
アルジ:懐かしいものだ...
カカシ:はい。とても
アルジ:またあの日々が戻るのだと思うと感慨深いものだ...
カカシ:私も同じ気持ちです
アルジ:...お前に一つ、プレゼントをやろう
カカシ:私に...プレゼント?
アルジ:あぁ、いつまでも「お前」呼びでは寂しいだろう?
カカシ:...いえ、マエス様には、どんな呼ばれ方をされても嬉しいのです
アルジ:それなら、なぜ俯くのだ?
カカシ:...
アルジ:前を向け。俯くな
カカシ:...その言葉には、逆らえません
アルジ:お前の名は、クストーデ、だ。
カカシ:クストーデ...?
アルジ:あぁ、お前にピッタリの名前だ
カカシ:クストーデは...どういう意味のお言葉ですか?
アルジ:守護者、だ
カカシ:守護者...
アルジ:あぁ、お前はいつだって私を守ってくれていた。それは昔も、今も変わっていない。そうだろう?
カカシ:...はい!
アルジ:クストと呼ぼう
カカシ:ありがとうございます。マエス様。あなたには感謝してもしきれません...
アルジ:それはこちらのセリフだよ
カカシ:私は何もしておりません...
アルジ:自分では分からないものだよ
カカシ:...
アルジ:クスト、ありがとう
カカシ:マエス様...それは
アルジ:こちらのセリフです。だろう?(笑)
カカシ:...マエス様には敵いません
アルジ:私に勝とうなど、100年は早いな
カカシ:...いえ。100年経っても、1000年経っても、敵いません
アルジ:そうか。ならば私と生涯有効の約束...いや、契約をしよう
カカシ:はい。喜んでお受け致します
(間)
アルジ:私と一生を共にしてくれ
(間)
カカシ:...断る理由が見つかりません
アルジ:そうか。ならば契約成立だ。これからもよろしく頼むよ、クスト
カカシ:はい。マエス様に忠誠を尽くすことを誓います