赤ちゃんの頃から、わたしは口をぽかんと開けた子だった。もちろんその年頃から自覚していた訳ではない。写真で振り返ると、どうもそうだ。

近頃の、市報なんかに載っているご誕生したばかりの赤ちゃんたちも見てみる。うん、いい笑顔だ。口をぽかんと開けていつも泣き出しそうな困った顔の赤ちゃんはいなそうだ。



自分の赤ちゃん頃の写真は、口はぽかん。

眉はへの字。今にも泣き出しそうな困ったような顔して、

待って、行かないで、なんで行っちゃうの、置いていかないで。



自分で思うに

待って、行かないで、なんで、いやだ、わかんない、

ぐずる、ぐずる、ぐずる、、、でいつも口呼吸。

生まれてこのかた口呼吸だった…?



そのまま時は流れて、

20代頃に人から指摘されたことがあった。

えねって口呼吸だよね。

とても恥ずかしかったのを今でも覚えている。

人と違うんかなって。そんなこと言われてる子、ほかにはいなかった。



今もう40代も半ばにさしかかって、

日中ふと気づくとマスクのなか、口は締まりなく開いていて舌が出ている。



歯医者さんに言われたことがあった。

舌が長いんだと。

ほんとその通りと思う。

長くて舌の収まりがつかない。

舌のまわりに歯形がついている。

恥ずかしくて人に見せられない。

(と言ってここに書いているのだけど。)



これ、変えたらかなり変わるかもしれない。

地道に変えていった先に、違う景色が見えてくるかもしれない、その地平に行ってみたい。

そう思えるのが、口呼吸直しだ。



この歳まで、さっき冒頭で書いたちっちゃな口呼吸の女の子そのままで。

外の誰かを追っかけて。

待って、待って、ひっつき虫。

わたしの内側は独立しておらず、外界にさらされている。



この歳までくるとね。

親も姉兄もいずれ私より先に旅立ってしまうだろうか、わたしはひとりだ。そうだ、ひとりだけど、それでもどうにかひとりで立って、この世をなんとか生きていく術を今からでも身につけないといけない。

人はひとりだ。それを受け入れ、誰をも追わず、従属せず、ひとりすっくと立つことを受け入れたとき、外の人を追うことを止めたとき、口呼吸を止める体勢が整った。



わたしはわたしひとり。

わたしの内側を守っていい。

それができるのは自分しかいない。

外の誰かにひっつき虫しなくていい。

口呼吸でわたしの内側全部外界にさらさなくていい、外側と繋がっていなくていい。口から透明な手を伸ばしていって誰かにつかまりにいかなくていい。

わたしはわたしを守っていい。



その肚が決まった今、やっと鼻呼吸できる体勢が整った。20代のわたしにできなかったこと。

わかってはいても、治した方がいいに決まってるけど、治し方も、ワカンナイ、ワカンナイ、ワカンナイ、、、、、



日中は繰り返しです。

あっ、今、と気づく。意識を向ける。直す。



またふとした瞬間に、あっ、と気づく。

直す。歯医者さんで昔教わった通り、上顎に舌をつける。そこが正しい位置なんだそう。

納得がいかないとできないワタシは、ギモンに思う。下についてて下歯の裏にいるのが自然な場所に思える舌を上顎に付けておくのが正位置とは!一体なんぞや???

常に力みが生じて却って不自然なのでは、、、?

それは、一旦はさておき、少なくとも口を閉じておけるように。



繰り返しの成果は少しずつですけど、

出てきている気がします。

ふとしたときに、意識を向けると口を閉じていられている自分がいるのです!



気のせいかもしれないけれど、近頃

仕事を終えて帰宅したあとの、

前はあった痒みの爆発が、結構軽くなって、

1日の疲れ具合もだいぶ違うように思います。

前は1日仕事して帰るとほんとにぐったりしてた。

今はほかのことやる余力が少し残っています。



口呼吸とちっちゃな女の子のお話しでした。

今後も経過をみていって、また良い報告ができたらと思います。



今晩もみなさまに安眠が訪れますように飛び出すハート