クリスマスも終わり、いよいよ年の瀬という雰囲気になってきた。
なってきた・・・、なってきた? ホント??
真夏にシンガポールにやって来てからというもの、確かに最近多少涼しくなった気がしないでもないけど、
吐く息が白いわけでもなく、お鍋のおいしい季節というわけでもなく(笑)。
日本にいる人、今頃寒くてマフラーに顔をうずめているんでしょ。
1年の終わりを迎え、みなさん今年はどんなだったかなぁっと考えてみると(こういう話、まだ数日早いかも)、どうでしょう。どんな年だったですか。
忘れられない年、忘れてしまいたい年、飛躍の年、苦労の年、、、、
今年のお正月に想像していた通りになった人なんてほとんどいないと思う。
誰しもこれまで紆余曲折があっていまある場所に立っているわけで、今年もそれはそれは色んな事にもみくちゃになり、泣いたり笑ったり・・・。
日本は四季があるから体内時計がちゃんと1年を刻んでるんだよね。体感としてサイクルがある。
でもここシンガポールみたいに年がら年中同じような感じだと、何が終わりで何が始まりかがすごくあいまい(笑)。弱ったな・・・。
ある日が12月31日だ、1年の終わりだ、と決められていて、、、じゃあ酒飲んで祝おう!Yeh !!!!! みたいな・・・。
昨日もクリスマスで大騒ぎしてたでしょ、、、何だっていいんじゃん君ら・・・とまでは言わないけど、まあそうやってムリヤリ区切りをつけてるのかな・・・。
自分は日本人だから体がそれに追いつかない。ハイ年末です、盛り上がりましょうと言われてもねぇ。数か月前とほとんど気候も変わらないし。
まあそれはそれとして。
突然ふと、自分のおばあちゃんが年末になるとせっせとお正月の準備をしていたのを思い出した。
農家だから米を作ってたんだよね。
毎年ある一定量は餅米(当たり前だけど普通の米とは違う品種)を作って、お正月に餅をついて親戚に配る。
なつかしいな。昔はホントに杵と臼を使ってエイエイやってたんだもんな。
で、小さい頃それを横でずっとみてた。
餅つきしてるときの米って、火傷するくらい熱いんだよ。
一度横から割り込んであっつあつの餅米を触って泣いたことがある(笑)。
どいてなさい!、と言われ、みるみるうちにそれが所謂「お餅」になって四角く切り分けられて木箱に寝かされていく。幼心にへーすごいなぁって思った。 あんなあっついの素手で鷲づかみだよ?
どの年もおばあちゃんは周りの忠告も聞かずに毎年有り余るほどのお餅を作った。
当然我が家にもそれはどっさり配分されるわけで。。。
正月三が日くらいはなんとかおぞうにとかおしることか作ってそれを消化できる。
だけど、それだけじゃ割り振られたお餅はせいぜい2割くらいしか減ってないという厳しい現実があって・・・。
案の定どっさり余る。。。
冷凍庫に保存して、毎年、ひどいときには3月くらいまで餅食べてた(笑)。
色々試すんだけど、、、最終的にはネタも尽き、お約束の「磯辺巻き」に落ち着く。
ストーブの上にアルミホイルを敷いて、醤油に浸しながら焼く。
ちょうどこおばしい感じになったときに、地元産のかなり厚みのある重厚感たっぷりの海苔に巻いて食べる・・・。
そうは言っても、これがなかなか美味しいんだよ。
まあ、、何事も程度問題で、毎日それ食べてたらさすがに飽きるけど(笑)。
何かほかにないのー??って思いながら、でも、一生懸命作ったおばあちゃんの姿を思い出すと、あまり文句も言えず、こうやって毎年1月~3月は餅尽くしで過ぎていったのでした(苦笑)。
そうこうしているうちに月日は流れて自分も大きくなり、大学生になった。
東京の大学に入学し、上京した途端、生活は一変した。
それまで何年間も食べ続けてきた磯辺巻き、、、全く食べなくなった。
それが自分にとっての真冬の心象風景だと気付いたのはさらにそのまた数年後。
社会人になって銀座の街をほろ酔い状態で歩いていたとき、たまたま道端でおじさんが磯辺巻きを焼いて売っているのを見かけた。
一緒にいた連中はさっさと前を歩いて見えなくなってしまった。でも、あー、懐かしい、って思い、自然とその屋台に足が向いた。
醤油のこおばしい匂いがする。ぞんざいに手渡されたそれは、忠実にあの味は再現されてなかったかもしれない。
でも、そのときは何ともいえない気持ちになった。
何かもうこのままはぐれてもいいやって。
ついさっきまで食べていた高級料理が一気に消し飛んだ瞬間だった。
フラッシュバックと言うのかな。
しゃがんで横でじっと餅つきを見ていた自分が甦ってくる。
気がつくと、もう終電もなくなる時間だというのに、衝動的に半年以上呼び出さなかった実家の電話番号を押していた。
つい何年か前の記憶。
閑話休題。。
みなさん、来年はいい年にしたいですか?
じゃあ今日を大事にしましょう。
今を大事に生きないとね。
来年は今日の延長なんだから。