風のガーデン 最終回 ダラダラと駄文の感想… | 遠藤一平のブログ

遠藤一平のブログ

率直に思ったことを適当に綴ってます。極私的散文

風のガーデン最終回よかった。バカな映画やドラマが多々あるせいか際立ってよく見えた。
死を扱っていたが死を重く描いていなかったのがよかった、中井貴一がすい臓癌で衰弱して死んでいくまでの時間もその後の時間もゆったりと描いていてよかった。
それにしても緒形拳は素晴らしかった。まことに惜しい役者が逝ってしまった。
それにしてもそれにしても倉本聰の描く富良野は西部開拓時代のアメリカのような感じに見え、現代の日本でありながら人間もゆっくりとした時間のながれる中でリゾートではない自然の中で暮らしている、自然の恵みで生きている人間を描くが、実に豊かでいい。
それにしても、時間を描くのが倉本聰はうまい、説明的な下手な回想を入れたりせず、生きてる人間が実感できる過ぎてゆく時間の中で過去を描く台詞や芝居の間を描けるのが毎回感心してしまう。
緒形拳のたんたんとした演技は素晴らしかった。普通に何か喋るだけで惹きつける芝居は素晴らしいとしかいいようがない、老人まるだしのギクシャクしたようなしゃべり方のあの芝居は実際の身体の弱り具合をうまく活用したようにも見える。しかし、何でも現状をうまく料理してベストなものを見せてくれるのはやはり素晴らしい、何かコンディションが揃っていないとろくに何もできないのはやはり役者が下手なだけなんだと思わせてくれた。見事な最期の芝居だった。
風のガーデンは息子に死なれた親と親に死なれた子供を強引に劇的な展開にせず描ききっているのがとにかくよかった。
死んであの世にいったらサインを送ると言い残すのでそんなシーンがくるかと思ったらそんなシーンはなく、さらっと中井貴一は死んでいった。自分もいくつか周りの人間の死を経験したが死とはそういうものだ。

感動して泣けるちゃちなケイタイ小説がバカみたいに映像化されていく時代に強引に泣かそうとしない倉本聰はやはり流石だ。しかし倉本聰の作品で唯一泣かされたのは「北の国から92 巣立ち」だったか…純が裕木奈江を妊娠させてしまう回の話の父と息子のドラマには泣かされた。性も生も描いていて父性の力強さで泣かされた。
風のガーデンでも父と息子のドラマだが、さらりとしてるのが人生を憶測でなく経験で知っている人間の描写力だった。
唯一、風のガーデンでさらりと泣けるのは緒形拳が黒木メイサに丁寧語で喋っていること、息子と孫娘にはしゃべり方を使い分けている点、中井貴一が死んでいく時に寄り添う黒木メイサに「父さんの最期の闘いを一瞬に闘いましょう」と教師のように言うところが唯一泣けるピークだった。 そして…さっと死ぬシーンは終わり、葬儀も何も終わり、床屋を営む石田えりとの中井貴一の想い出話のシーン、最後まで誰もメソメソ泣かない、素晴らしい…
これでないと…この世とは生きてる人間に与えられたフィールドで、生きている限り、ただ毎日を前向きに生をまっとうしていかねばならない。そんなメッセージもいちいち語らず語ってくるストーリーは素晴らしい。
死者に対して泣くという行為は死者に思いを寄せるので泣いてる瞬間は死を覗いてるような行為なのかもしれない、風のガーデンの最終回はそれを感じさせてくれた。

最後に息子に死なれた町医者の老人…緒形拳はもういない