なんやかんやと朝まで、打ち合わせ、とにかくクリエーターどうしでの打ち合わせは向こう見ずにとにかくいいものだけを作ろうと徹夜麻雀状態で機転を効かせて実験までしながら何かを作り上げていくという勢いは丑三つ時に霊にも八百万の神様も手出しできないというくらいパワフルな研究者そのもの、なんでそこまでやるのと端から見ると言われそうだが、映画や何か大きなことをやる時はそのくらいの執着と集中力がないとやはり人を感動させたりときめかすのは無理なんだろうなぁ、とヘトヘトになりながら当たり前なことを再認識させられる。
やはり何かやってきたプロフェッショナルの人との作業は楽しい、普段生活の為にする単なる仕事とは格段と違う人生の輝きを帯びたウルトラ最高な一時である。始めて飛行機や名車やロケットを作った人、何か凄いものを作った人、誰もが通る一点に集中して何かを導きだそうとする瞬間。ロゴスを求める人間の営為、このムーブメントが素晴らしい。スポーツでも命懸けの何かでもみんなそうだろうなぁー。人間の爆発する情熱的な何かを身体が動くうちに知らないと人生を何も謳歌せずに終るのと同じということをシステムに取り込まれた人々は気付かないのだと思う(変な宗教にはまった人の言い分みたいだが)
何故危険を犯しても山に登るのか、そこに山があるからだー理論。まさにすべてこれで、打算的な損得勘定や比較論はナンセンスな状態、この次元をいくつも乗り越えて更に前進しないと本物には近付けない。人々から評価していただいて始めて本物、それが結果、お金を産む。何でも本来そうある筈。お金の為にやるとなると芸術もスポーツも政治も事業も手段と目的がひっくり返ってはなかなか実らない。それは万物の法則として自明の理である筈なのになかなかみんなそれができない。岐路に立った時にどの道に進むかその選択で本物といわれる存在になるか否か試されている。
先代の偉人たちの生き方には感動しても、いざ自分がどれほど何ができるのか?…日々最終的には自分との闘いに人は追い込まれるー食う為に生きるのか生きる為に食うのか常時この問題を意識しなければ今世紀は正しく生きれないだろう。
僕はスポーツや格闘技でチャンプになった人間を無条件で信用してしまう、少なくとも自分があり、自分に勝てた人達だからだ、だいたい彼らは何か別の道を歩んでも平均的な普通の人より成功している。これがわかりやすいヒントだろう。
