一体、精神医療はどこに向かっているのでしょうか?

迷走しているように思えますが、実は、進む方向は終始ぶれていません。彼らが到達しようとしている世界とは、簡単に言うと管理社会です。薬や脳に埋められたマイクロチップで思考がコントロールされ、生まれながらに遺伝子検査で振り分けられる社会です。そこでは、個性や多様性は「病気」「障害」とされ、治療の対象となります。

もちろん、患者の生き生きとした笑顔や自由、健康を第一目標として診療をする精神科医もいるでしょう。しかし、それは個別の話であり、異端分子の話です。精神医療/精神医学全体が進んでいる方向は、それとは対照的な管理社会なのです。

さて、朝日新聞が「100万人のうつ」というシリーズを夕刊で連載しています。
http://www.asahi.com/jinmyakuki/TKY201112080320.html

「一丁上がり 増殖する病」というタイトルまではよかったのですが・・・

「米国精神医学会の診断基準を導入したことが、うつ病の範囲を広げた」と言っている本人が一番の戦犯なんですけど・・・。

そして、第二回目の連載は、精神医療の描く未来が垣間見られます。タイトルは「どうなっている脳の中」です。例の広島大学の山脇氏の研究が取り上げられ、「実用化されれば、問診に頼るうつ病の診断が客観的にできるようになる」と書かれています。

そして、理化学研究所の加藤忠史氏が「ミトコンドリア遺伝子の異常がこの病気(双極性障害)の発症にかかわっている、とする仮説で世界的に認められている」と紹介されています。さらには、福島県立医大の丹羽真一氏による死後脳バンク研究が紹介されています。

いかにも、脳を研究すれば心が解明されるのだという期待感が満載です。しかし、これほど願望と現実がかけ離れている分野はありません。実は、脳の働きもほとんど解明されていません。そして、たとえ脳が100%解明されたからといって、それがすなわち心の解明とイコールとなる保証はどこにもありません。

これらの研究が行き着く先とは、遺伝子解析や血液診断によって危険分子を洗い出し、発症を抑えるために予防的に治療を受けさせるという世界です。

震災復興技術イノベーション創出実証研究事業費の対象に 「心の病を定量的に診断可能な血液診断キットの実証研究」なる事業が含まれているのです。

被災地は、もはや精神医療の実験場となっています。アウトリーチなどは精神医療の押し売りであり、本人が拒否しても精神科医が訪問してくるとなれば、これはもはや強制医療です。そして、この山脇氏らによる非常に怪しい血液診断キットがこの震災に乗じて普及されようとしているのです。

血液診断で客観的な診断ができるというのは100%詐欺です。

その血液診断の感度、特異度はどれくらいなのでしょうか?うつ病のメカニズムが完璧に解明されない限り、100%正しい診断などできません。感度も特異度も、それなりの値にしかならないでしょう。つまり、擬陽性が大量に出る危険性があるのです。過剰診断を防ぐメカニズムがなければ、擬陽性が全て病気とされるでしょう。

予想される出来事:
精神科医「訪問診療にまいりました」
被災者「いえ、間に合っていますから結構です」
精「そんなこと言わないで下さい。知らない間にストレスがたまり、精神疾患を発症している危険性があるので検査します」
被「いえ、結構です。精神科医の診断など主観的であてになりませんから」
精「昔はそうかもしれませんが、今は血液検査でわかるんですよ」
被「本当ですか?でも別にストレスもありませんし結構ですよ」
精「そんなこと言わずに。さあさあ、血液を採取しますよ。これは国の復興支援事業なので皆やってるんですよ」
被「じゃあ早くして下さい」
(数時間後)
精「ありゃ、陽性ですね」
被「どういうことですか?」
精「うつ病ということですよ」
被「え?だってご飯も食べられますし、眠れていますし、落ち込んでないですよ」
精「でも客観的な診断で貴方はうつ病と出たのでうつ病ですよ」
被「え・・・?」
精「はい、ではこちらで治療をしましょう」
被「え・・・ちょっ・・・」

このようにして、精神医療はどんどんと社会の中に侵出してきます。そして、根拠のない基準により、人々が篩い分けられ、管理されていくのです。優生思想に則ったナチスドイツ時代と何が違うのでしょうかね。