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宇宙製作所

さあ、街へ飛び出そう! きっと新しい発見があるでしょう。

その施設は、空の中にあります。巨大な鳥の形をした飛行機のようなもので、そこには多くのものが備わっています。飛行機が着陸するのに必要な滑走路もその一つです。それは雲を踏み固めて作ったもので、同時にこの施設の浮力の一端を担っています。両側に張り出した翼の内部は、訪れた人々がゆっくり休めるように個室が用意されています。そこで旅の疲れをとっていただこうという配慮から設置しました。もしその疲れが癒されたのなら、ぜひ施設の後方にある湖をご覧になっていただくことをお勧めします。ぐるりとその周りを森で囲んで風よけにはしていますが、それでも湖面は木々の間からもぐりこんでくる突風で波が荒く立っています。ところがそれはふしぎと不安感を煽るようなものではなく、むしろその波と波とがぶつかり合うようすを見ているうちに気持ちがしだいにやすらいでいく効果があるようなのです。これだけは設計の段階では予期しないことでした。我々はこれを単純に、移動施設と呼んでいます。空を飛んでいるというより、雲のように空をただよっているという表現の方がぴったりします。旅客機のように荒々しい爆音を立てないためか、辺りの鳥たちが羽を休めるために集まってきます。

 

まず私の目に入ったものは、さまざまな色の集まりでした。闇があまりにも深いものだったから、その光は私の目を強く刺しました。いったんは失っていた記憶がそのことでふたたびもどってきたのです。どうやら自分でも気づかないうちに、その光の集まりに引き寄せられていたのでしょう。それはこの世界の中で唯一貴重なもののように私には思えました。そして、それはきっと簡単には手に入らないものにちがいないのです。そのとき私はふと辺りに何か気配を感じました。それは白っぽく光るクラゲのような物体でした。それが雲のようにゆっくりと形を変えながらいくつも水中をゆらめいていたのです。もちろん私も彼らと同じ一匹のクラゲにすぎませんでした。当てもなく水中をゆらめきながら、なす術がないのです。でも、何か意志のようなものを感じ取ることはできました。そして、彼らは私と同じことを考えているはずなのです。もしあの光の集まりを手に入れるとしたら自分しかない、と。私たちは同じ目的を持ったクラゲなのです。

 

意識がもどってきたとき、もう私は冷たい水の底へ向かって沈みはじめていました。けっして不快な気持ちはありません。状況からすれば命に関わるようなことなのかもしれませんが、ふしぎと何か優しさにあふれたようなものへ向かって包み込まれていくような気がするのです。それにしてもなぜ私が氷の上を滑っていたのか自分でもよくわかりません。たしかにスケートは幼い頃から習っていました。滑るのは当時から好きでしたが、上手な方ではないと自分では思っています。一流になれるような素質はこれっぽっちもありませんでした。そんな私がたくさんの人々の注目を集めるなんて夢にも考えなかったことです。でも、それが実現したのです。私は身体の隅々まで熱くなるのを感じました。そのまま一気に燃え上がって真っ赤な炎と化していくような勢いでした。そうです、私はまさに炎だったのです。身体の動きもそれまで経験したことのない軽やかさに包まれていました。自分の思い通りの動きがとれるなんて、とてもすばらしいことでした。だから私がそうした熱を帯びたことで氷が溶け始めたことなんてちっとも問題ではありませんでした。ただ私は燃え盛りたい一心だったのです。こうして今私は沈みつづけています。もうやり残したことはありません。私の願いは、このまま消えてなくなりたいということだけです。

 

スケート場から、たくさんの人々のざわめきが聞こえてきました。僕は引き寄せられるように、スケート場へ入っていきました。氷の上では一人の少女が華麗な舞を披露しているところでした。身体をくねらせながら自在に滑るようすは、まるでくるぶしから翼が生えているかのような軽やかさです。しかし、辺りはただならぬ緊張感に包まれていました。そこにいるだれもが息を殺して彼女の滑りをじっと見守っていました。どの顔も固く引き締まっています。そんなとき僕はある一点に釘付けになったのです。それは氷の上に空いた大きな穴です。しかも、それは一つだけではありません。ぽつぽつといくつもの穴がぱっくりと口を開くようにあちらこちらに空いていました。じつは彼女はそれらを避けるように滑っていたのです。そんな矢先、また一つ穴が増えました。ぴしっという乾いた音とともに裂けた部分が水の中へ没していきます。どうやらリンク全体を覆う氷がみるみる溶け始めているようなのです。ところが彼女はなおも身を宙に躍らせるばかりで、一向に滑るのをやめる気配はありませんでした。僕はただ、彼女が穴の中へ落ちてしまわないようにと祈るばかりです。

 

 

空の中にいるとき、一番気になるのはエンジンの調子です。もしこのエンジンが止まるようなことがあれば、僕はもう空の中にとどまることはできなくなります。しかし、それは実際に起こりました。その少し前から妙な音を立てていたので覚悟はできているつもりでしたが、いざそれが完全に停止してしまうともう何も頼るものはありません。僕は大きく息を吸い込み、気持ちをしずめるためにそっと目を閉じました。僕にできることはもうそれぐらいしか残っていなかったのです。後は、左右に張り出した翼がどこまで僕を運んでくれるかという淡い希望だけです。そんなとき僕の目に入ってきたものは、地上に咲く一輪の巨大な花でした。それはちょうど僕が滑り降りていく前方にありました。さらに、いつのまにかその速度は緩慢なものに変わっていて、まるで機体全体に特別な浮力を帯びているようでした。ここまできてようやく僕にも事態の真相がわかりかけてきました。おそらく僕はこのまま導かれるままに運ばれていくことでしょう。そして、その花はこの旅の終わりを告げるために僕自身が咲かせたものにちがいありません。かすかにとどいてくる甘い香りや、空へ向かって惜しみなく花弁を大きく開くようすなどにどこかなつかしい親しみを覚えたのです。こうして僕は操縦桿から手を放し、その親しみにあふれたものへとしだいに包み込まれていきます。