スタジオの隅に座って、ひたすらギターを磨いている。

打ち合わせも一通り終わり、練習もきりが良かったので、一旦休憩を挟む事にした。

みんなは、スタジオの真ん中に集まって談笑していた。

楽しそうな笑い声を背に、僕は黙々とギターを磨き続けた。

もう何年も使い続けた、相方みたいなものだった。

夜の闇のように真っ黒なエレキギターだった。

長年使い続けただけあって、所々傷んでいた。

そんなところも気に入っていた。

"夜奏曲"という名前だった。

"夜"が"奏"でる"曲"という意味だ。

だいたい、"夜奏"と略称で呼ぶ。

"夜想曲"の意味で、"ノクターン"と呼ぶ時もある。

この名前を付けたのは、フジだった。

"曲"は僕が歌う"歌"の事で、それに僕の名前を合わせたものらしい。

ただ、"夜"の意味だけは、どうしても分からなかった。

フジに問いかけると、あの優しい笑顔を浮かべてきた。

「お前の髪の事だよ。」

僕の髪の色は黒だった。

夜の闇。

みんなは僕の髪の色を、そう喩えた。

「お前の髪と同じ黒だしな。」

そう言って、フジは笑い続けた。

「だいぶ傷んだよな、そいつも。」

不意に、後ろから声が聞こえた。

振り返れば、フジが僕の肩越しに、夜奏を覗き込んでいた。

「ずっと使ってきたからね。そんなところも気に入ってるけど。」

笑いながら、僕は返した。

ふと、フジが視線を外した。

その視線の先には、立てかけられた、僕のアコースティックギター。

これも、夜の闇のように真っ黒だった。

「そういや、こいつの名前は付けてなかったよな。」

そう言うと、フジはギターを手に取った。

「またフジが付けてくれるの?」

僕の問いかけに、ギターを爪弾きながら、そうだなぁとフジが考え込んだ。

「"夢奏曲"ってどうだ?」

一瞬静かになった空間に、フジの声が響いた。

「"夢"を"奏"でる"曲"な。"トロイメライ"でも良いか、"夢想"の。」

笑いながら、フジは続けた。

「"夢"は、お前の"歌"の事な。」

「良いんじゃねぇか。」

いつの間にか、フジの隣に来ていたタケが言った。

気付けば、リュウとヒロも側に痛い。

「良いと思う。似合うよ。」

笑いながら言うリュウに、ヒロも頷いてる。

「"夢奏曲"か、気に入った。」

笑って僕は答えた。

「"夢奏"って呼ぶよ。」

"夜奏曲"と"夢奏曲"。

"ノクターン"と"トロイメライ"。

これからも、まだ僕の相棒だ。

「じゃ、早速一曲頼む。」

そう言って、フジが僕に夢奏を渡した。

他の三人も、期待の目で見てくる。

苦笑いを零しながら、僕は夢奏を軽く爪弾き、息を吸い込んだ。


***


ずっと書きたかった、カナデくんのギター話。

当初、エレキを"夜奏夢曲"としてたのですが、そういやアコギの名前考えて無かったなぁと思いまして。

"夜奏夢曲"ってのも何か長いなぁと思ってたので、"夜"と"夢"を分けました。

ちなみに、エレキはたろさんの夜想、アコギは藤くんの黒いアコギがモデルです。


「みらいいろ - 奏 -」


静かな部屋の中に、雨音が響いた。

カーテンの隙間から外を見れば、雨に濡れた夜の街が広がっていた。

ぼんやりと煙る街明かりを、何だか童話の世界みたいだなと思いながら眺めた。

窓から離れると、テーブルの上に置かれた白い錠剤を手に取り、用量を確認せずに口に放り込む。

明らかに用量以上の睡眠薬を飲んでいるのに、先程から全く眠くならない。

錠剤を口に含んだまま、再びテーブルに手を伸ばし、今度は缶ビールを手に取った。

栓を切ると、一気に喉の奥に流し込む。

空になった缶を、足元に放り投げた。

そこには、缶ビールや焼酎やチューハイなんかの缶が、数本転がっていた。

僕にしては珍しく、結構な深酒だった。

それなのに全く酔えず、むしろ意識が冴える一方だった。

いや、本当は酔っ払ってるのかもしれない。

時々訪れる、この感覚。

今は昔程不安定じゃない。

不安はあるけど、毎日それなりに充実してる。

何なんだろう。

そうして自問自答に行き当たる。

そんな思考をかき消そうと、こうやって睡眠薬を大量に飲んだり、深酒をしたりする。

だけど、どうにも眠れない。

ふと、カーテンの隙間の窓に映った自分と目が合った。

長めの前髪の下から、少し疲れた顔が覗く。

「眠れないの?」

不意に問いかけてくる"声"。

「また今夜も眠れないね。」

そう"声"が"歌う"。

「君は頑張り屋だからね。」

"声"が"響く"。

「だから、心を置き去りにしてる事にも気付いてないんだ。」

"声"が"奏でる"。

「それは寂しい事なのに。」

"声"が"笑う"。

「君は寂しい事をしてるのに気付いてないんだ。」

窓に映る"君"が"笑った"。

「随分、僕の事を知ったふうだね。」

僅かに苛立った僕は"君"に言い返した。

声にも苛立ちが混ざった。

"君"は"笑い続ける"。

「捨てられなければ、背負っていけば良いのに。重荷になるなら、捨てちゃえば良いのに。」

"君"が"歌う"。

「どっちも選べないくせしてさ、どっちも選ぼうとするなんてね。」

"君"が"響く"。

「うるさいよ。」

苛立って声を荒らげた。

「そんなの分かってるよ。」

無性に悔しくて仕方なかった。

「だから、こんなに苦しいんじゃないかよ。」

部屋に雨音が響く。

「今夜もまた雨だった。」

"君"が"奏でる"。

「雨の日は、大好きで大嫌いなんだ。」

"君"が"笑う"。

「君とこうして会えるからね。」

"声"が"笑った"。

「僕を置いて行かないでよ。」

窓の中で、"君"が寂しそうに"笑った"。

「一緒の方が楽しいよ。」

"君"は"笑い続ける"。

「俺はここで、歌い続けるよ。」

部屋に声が響いた。

それが僕自身の声だと気付くまでに、少し時間がかかった。

"君"が驚いた顔を見せた。

街灯がぼんやりと煙る。

空に街明かりが反射する。

車の往来の音が聞こえる。

遠くで電車が通る音が聞こえる。

雨音は響き続ける。

「僕を忘れないようにね。」

"君"が優しく"笑った"。

「ここは僕の場所でもあるんだよ。」

"声"が"笑い続ける"。

「知ってるよ。」

あぁ、また夢の続きだ。

「またね、"カナデ"。」

大嫌いな僕の名前を読んだ。


***


射し込む日差しで目が覚めた。

テーブルの上には錠剤の容器が、床には数本の缶が散乱したままだ。

飲み過ぎたせいか、頭が痛い。

カーテンの隙間から、外を眺めた。

雨上がりの朝は空気が透き通っていて、遠くの家並みまで見えた。

まだしんとした街を、ぼんやりと眺め続けた。

透けるような青空はどこまでも続き、このまま飛べそうだった。

あぁ、まだ夢を見てるな。

ベッドから抜け出すと、今日の準備を始めた。

「僕を忘れないようにね。」

不意に、"君"の"声"が聞こえた気がした。


**********

一度は、こういった話を書いてみたかった。


アパートの窓辺に座って、窓を開けて煙草を吹かしていた。

何となしに、アパートからの景色を眺める。

駅から徒歩約10分の安アパート。

その二階建て建物の、正面から向かって二階の一番右端の部屋。

そこが、今の僕の城だった。

ミュージシャンに憧れて、先の事なんか考えずに、僕はみんなと上京した。

もう、四年近くになるだろうか。

地元に居た時から問題を抱えていた僕は、上京してからも時々不安定になった。

いろいろあったけど、僕はみんなと一緒に居て、何だかんだ笑えてる。

左腕の傷はまだ残っているけど、もう増える事はなくなった。

僕は煙草を灰皿に押し付けると、アパートを出た。

いつものように、僕は隅田川に沿って歩く。

夏が近付いた季節。

青い空は少しずつ高くなり、夏の様相を帯び始めている。

僕はそのまま、駅前へと歩いた。

僕の夜のステージ。

何となく、いつも路上ライブをやってるところに座り、道行く人達を眺める。

街は忙しなく移り変わるけど、僕のところだけ、時間が止まったみたいに、世界から置き去りにされていた。

この不思議な感じが、僕は好きだった。

ふと、ある場所に目が行った。

駅の入り口近くの壁にもたれ掛かりながら、携帯をいじってる奴。

一際目立つ赤い髪で、すぐに誰だか分かった。

僕はそいつのもとに向かった。

「久しぶりだよな、お前とこうやって話すの。」

僕らはいつもの公園に来ると、ベンチに座って話した。

以前、あるイベントライブで知り合ったレイは、相変わらず明るく楽しそうに喋った。

「レイもさ、大変だったよね。」

「まぁな。」

レイのバンドは、ちょっと前に解散していた。

以来、レイにも、レイのメンバーにも会わなくなった。

レイは新たにバンドを組んだらしく、この間のイベントライブで、久々に顔を合わせた。

その時に近況を聞いて、僕は驚いたのを覚えてる。

居酒屋で一緒に飲みながら、レイは笑いながら、だけどどこか寂しそうに話していた。

「まぁでも、またこうやってバンドやって、お前らにも久々に会えて、結構楽しかったよ。」

バンドが解散した事で、レイもみんなも、居場所ややり甲斐を失くしたであろう事は、何となく分かった。

僕もそうだったから。

「またさ、お前らのライブ見に行くよ。」

レイはそう言うと立ち上がった。

つられて僕も立ち上がる。

駅前まで戻ると、僕らは別れた。

「お前のバイト先にも行くわ。」

別れ際、レイは笑顔でそう言った。

驚いた僕は、慌てていいよと言った。

「また飲もうぜ。」

最後にそう言ったレイに、僕は手を挙げて答えた。

街は相変わらず、回り続ける。

僕らは迷っては傷付いて、それでもこうして笑ってる。

それで良いのかなって思う。

難しい事を考えるのは止めよう。

降り注ぐ日差しは、夏の気配を帯び始めていた。


***


過去に書いた、みらいいろ番外編、そのに。

ワンルーム叙事詩とリンクした話。