「世界中に二人だけみたいだね」と小さくこぼした(一)駅に向かう坂道を、僕とフジとリュウの三人は登っていた。スタジオに向かっている為、それぞれギターにベースに背負っている。七月に入ってからは、一段と日差しが強くなった。梅雨明けしたのも相まって、いよいよ夏本番だった。「暑ぃな。」隣でフジが、呟くように言った。フジを見る。少し伸びた癖っ毛混じりの黒髪は、梅雨の間に伸びて、フジの首筋を覆っていた。前髪は、相変わらず目を覆う程長い。「フジの髪型の方が暑いと思うよ。」そう言って、僕は笑う。リュウも、笑いながら同意した。うるせぇよと言いながら、フジが僕らに苦笑いを向けた。「でもさ、ほんと暑いよね。」リュウが言う。リュウの黒髪も、襟足は首筋を覆っている。前髪も長い。おまけに、自転車を押していた。夏の暑く気怠い空気は、ちょっとした事で、気力や体力を奪う。尚更暑いだろう。「もう夏だね。」そう言って、僕は空を見上げた。青い空は、少しずつ高くなっていく。「リュウ、自転車貸して。」不意に思いついて、僕はリュウに言った。「いきなりどうしたの。」驚きながらも、リュウは自転車を貸してくれた。ギターをフジに預けて、自転車に跨る。綺麗な顔立ちとは裏腹に、体格の良いリュウの自転車は、僕には少し大きかった。ペダルを漕ぐ足に力を入れて、坂道を登る。坂道を登り切ると、風が吹き抜けた。夏の風は心地良い。フジとリュウが追いつく。「ここからってさ、結構眺め良いんだね。」僕は坂の下を見下ろした。小さな坂だけど、そこそこ遠くまで見渡せる。東京にも、まだこういった場所は、幾つかあった。僕は、登ってきた坂を、自転車で下った。少し先に、舗装が剥がれて、穴が空いた場所があった。小さな穴だった為、僕は気にする事は無かった。それが命取りだった。穴に入った車輪はバランスを失い、横滑りをした。気付いた時には、僕は自転車から投げ出されていた。体に衝撃が走る。「おい!」慌てたようなフジの声が聞こえた。直後に、体に痛みが走った。