「エとセとラ」

(みらいいろ・回想録)


(二)

駅前からは自転車を押して、歩いて僕のアパートへと来た。

部屋に入ると、二人して床に座る。

しばらくは、バンドでの曲の事について話し合った。

それぞれ一曲ずつという事で、この間スタジオで曲を持ち寄った。

相変わらず、みんなセンスが良い。

フジとヒロは、もう何曲か候補もあったらしい。

僕は結局、一曲だけしか出来なかった。

カナデも一曲だけだった。

その代わりに、カナデは詞を見せてくれた。

カナデの詞には、誰もが一目置いていた。

作曲もさる事ながら、作詞のセンスも良い。

加えてあの歌唱力だ。

ギターの才能だって凄い。

先天的な音楽の才能だと思う。

あれだけ音楽の才能があったヨウが羨むのも、凄く分かる。

カナデ本人は気付いてないけど。

カナデは自分に自信が無い。

僕には何も無い、空っぽだよ。

そんな言葉を何度も聞いた。

社交的ではない性格のせいなのかな。

カナデは周りと関わるのを怖がっている。

裏切られるのを怖がっている。

傷付く事を怖がっている。

無理もない事だけどね。

カナデは傷だらけだった。

今こうやって笑っていられるのが、奇跡的な程だ。

僕は、思わずカナデの左腕を掴んだ。

これは、僕の癖みたいなものだった。

カナデの左腕は黒い肘までのアームウォーマーに覆われ、その下には何本もの切り傷があった。

精神的には安定したけど、カナデの左腕には、未だに自傷行為の痕が残っていた。

僕は高校生の時に、少しだけ自傷行為をしていた。

何もかもが嫌になって、生きづらくなって、どうしようもなくなった。

この世界と折り合いをつけられなくなった自分の事が、嫌で仕様がなかった。

高校を卒業して、本格的にバンド活動を始めてから、僕は自傷行為をやらなくなった。

漸く、居場所が出来たんだ。

その頃から、カナデは不安定になっていった。

夏でも長袖のパーカーを羽織り、やたらと白い肌をするようになった。

血の気の無い顔に、徐々に痩せていく体。

だんだんと、外にも出なくなった。

カナデの家に行くと、カーテンを締め切った部屋で、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。

床には、血の付いたカッターナイフ。

カナデが顔を上げた。

目が合う。

感情の無い目をしていた。

あのカナデの顔は、今でも覚えてる。

感情を失った人って、あんな目をしてるんじゃないかな。

時間はかかったけど、カナデは漸く笑えるようになった。

何て言うか、生きててくれて、本当に良かったよ。

「大丈夫だよ。」

腕を掴む僕に、カナデは笑った。