汚れたって受け止めろ 世界は自分のモンだ免許を取った翌年、俺はカナデと遠出をした。年の瀬が迫った、十二月半ばの、良く晴れた日だった。黒い車体の軽自動車に、俺らは長時間揺られた。会話をする時もあれば、ひたすら沈黙が続く時もある。それは別に、苦ではなかった。俺はカナデの事をよく知っている。カナデだって、きっと同じだろう。長い付き合いだ。そもそも、会話をしないと間が持たない関係なんて、疲れるだけだろう。俺らは、特に行き先を決めていない。俺が気まぐれに、ハンドルを切り続ける。カナデは異論を唱えず、助手席に座っている。時刻は、もうすぐ午後二時になろうとしてるところだった。冬がいよいよ色濃くなったこの時期は、既に日暮れの気配が漂い始めている。そんな短い昼間や、年の瀬なんかも相俟って、この時期は、やたらと急かすような、それでいて、何とも言えない寂しげな雰囲気が漂っている。煙突が立ち並ぶ工業地帯の側を通る。あと一時間も走れば、海に着くだろう。カナデが、立ち並ぶ煙突を目で追った。煙突からは煙が幾筋も立ち上っている。それらは、冬の空へと吸い込まれて、消えていった。そんな景色を見て、儚いだとか、寂しげだとか、改めて思う人間は、何人くらい居るのだろうか。そんな事を思う俺も、きっと変わってるなんて思って、苦笑いを零した。幸い、相変わらず外を眺めたままのカナデには気付かれなかった。消えゆく煙を見て、カナデは何を思っているんだろうか。カナデも、儚いだとか、寂しげだとか、そんな事を思う側の人間だった。カナデ自身も、あの煙のように、今にも消えてしまいそうだった。俺は時々、そんな感覚に襲われる。線の細い体のせいかもしれない。どことなく、頼りなげな雰囲気を纏っていた。儚いという言葉が、これ程合う奴も居ないだろう。そんな感覚に襲われて、俺は常に不安になった。あんまり体も丈夫じゃない。危ういところもある。左腕には、未だに傷跡が残っている。だけど、カナデの笑顔を見れば、そんな不安はすぐに消えた。工業地帯が後ろに流れていく。それをカナデの視線が追いかける。頭を動かした拍子に、顎で切り揃えたカナデの黒髪が揺れた。その、夜の闇のような真っ黒な髪が、俺は好きだった。夕暮れが迫った頃、俺らは海に着いた。冬の海には人影は無く、物悲しい雰囲気が漂っていた。俺の数歩先を、カナデが歩く。波打ち際ぎりぎりまで進み、砂浜に足跡を残していく。波が打ち寄せて、カナデが逃げる。足跡は、波にかき消されていった。そこに、カナデは再び足跡をつける。そんなカナデの事を、俺はぼんやりと眺めていた。水平線に船が浮かぶ。映画や小説に出てくる水上都市みたいだななんて、ぼんやりと思った。夕日が、向かいの山の影に隠れると、辺りは一気に暗くなった。近くの灯台の明かりがつく。ちらちらと、星も顔を出し始めた。俺はカナデに声をかけると、車に向かって歩き出した。後をカナデがついて来る。暗くなった道を、俺らは再び走り出した。冬の夜は、それだけで闇が濃くなる。相変わらず、会話をしたり、無言になったりを繰り返しながら、一時間程走っていると、不意にカナデが運転席側の窓に向けた。何かと思い、少しだけ視線を向ける。そこには、昼間通った工業地帯の夜景が広がっていた。俺は、少し広めの路肩に車を停めた。カナデと二人して、車から降りる。川を挟んだ向かい側に、工業地帯の明かりが広がっていた。思わず見とれてしまう程綺麗だった。しばらくその明かりを眺めていると、隣でカナデがくじゃみをひとつした。ふと我に返った俺は、カナデを促して車に戻った。それから、しばらく俺らは無言だった。ふとカナデに話しかけようとして、俺はカナデに視線を向ける。カナデは、窓に頭をもたれかけて、小さく寝息を立てていた。思わず苦笑いを零した。窓の外には、夜の闇が広がっている。カナデの髪と同じ色。カナデの髪は、夜の闇に溶け込んでいた。それでいて、俺の側にしっかりと在った。その夜闇色の黒髪も、ステージで歌う姿も、笑顔も、俺には眩しかった。眩しくて、羨ましかった。そして、何より好きだった。カナデと居れば、こんな気まぐれな逃避行も、特別になる。冬の日の良く晴れた空も、夕暮れの海も、遠くに見える夜景も、全部が特別になった。カナデと居れば、このどうしようもない世界も、愛しいと思えた。何でもない日常が、愛しいと思えた。俺のクソったれの人生も、愛しいと思えた。夜道を走り続ける。遠くには、眠らない街の明かり。世界は何ひとつ変わらずに、廻り続ける。それできっと良いんだろう。変わる事も、変わらない事も、カナデと一緒なら大丈夫な気がした。たぶん、こうして、カナデと逃避行を繰り返していくんだろう。濃くなった冬の闇の中を、俺らは走り続けた。***talk byFuji from みらいいろ