「ワンルーム叙事詩」

‥最初に‥


***

(六)

少し高めの声で、カナデは自分の近況を話し始めた。

バンドは相変わらずみたいだった。

ワンマンライブも何回かやって、満員にもなった事。

路上ライブをやってる事。

バイト先で、何故か有名な事。

体調を崩して入院して、みんなに心配をかけた事。

もう、自傷行為はしていない事。

自慢話にも聞こえるような内容も幾つかあったけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

カナデは嫌な奴ではない。

「あのさ、何かあったよね?」

僕の顔色を窺うように、カナデが聞いてきた。

僕は一瞬、動きが止まった。

何でもない、そう作り笑いで返す。

「何でもないわけないでしょ。」

カナデが真剣な顔で聞いてくる。

まずいな。

カナデは大人しい方だけど、意外と頑固な一面もある。

特に譲れないものがある時には、真っ向からぶつかってくる。

バンドメンバーのフジとは、殴り合いの喧嘩さえした事もある程だ。

「変な意地に拘る必要なんて、ないと思うんだ。」

ぽつりとカナデが呟いた。

「価値観なんて人それぞれなんだ。世間体とか、そういったものに合わせられないからって、自分を否定する事はないと思う。」

カナデの言葉に、僕は僅かに苛立った。

そんな事、自分が一番分かってる。

それで何年も悩んでるんだ。

「説教なら、僕は帰るよ。」

なるべく感情を押さえた声で言う。

カナデの表情が、一瞬だけ変わった気がした。

僕は店を出ようと、荷物を手に取った。

「死にたいとか言うなよ。」

僕の顔を見ずに、カナデは言った。

思わず動きが止まる。

予想もしなかった言葉に、窺うようにカナデの横顔を見る。

カナデが顔を上げた。

「僕も君と同じなんだよ。」

僕の目を見て、カナデはそう言った。

「君と出会ってしばらくして、僕は一度バンドを辞めたんだ。」

その一言は、僕にとって衝撃だった。

「ずっと悩んでたんだよ。僕には才能なんて無いって。正直、今でも悩んでるよ。自傷だって止められなかったし。人の目が気になって、外に出るのもままならない。生きづらくって仕様がない。死にたいっていつも思ってた。」

俯いたまま、カナデは吐き出すように喋った。

「フジに言われたんだよ。死にたいって言うなって。だからさ…。」

カナデはそこで言葉に詰まった。

言いたい事があるのに、上手く言葉に出来ないようだった。

「ごめん、帰るわ。」

僕はカナデを置いて店を出た。

カナデは何か言いたそうな顔を向けたけど、引き止める事はしなかった。