もう、感動しすぎて色んな切り口から語っていきたいのですが、第一に指揮者の存在感!!
フルオーケストラによる演奏は菅編成から始まり3曲目から加わるパイプオルガン、そして、休憩を挟んで管楽器のみの楽曲、弦楽器のみの楽曲、つづいてバイオリンのソロ演奏。
特にバイオリンのソロが印象に深かった。
演奏しているというより「奏者の世界観」に連れてかれる。
奏でる一音一音が優雅で心地よすぎてある意味「非現実的」であり本当にステージで演奏してるバイオリニストが弾いているのかと思ったほどに、、、
もう一つがアンコールでまるで洗礼のように演奏されたサントリーホールのオルガン。
次々に奏でられる複雑に交わる音。体に響くオルガンの低音。間違えなくホールはその奏者の「世界観」に染まっていたと思う。
この一連の演奏を聴いた後、フルの編成で奏でる音を聴いて感じたのが「オーケストラにおける指揮者の絶対的な支配力」
実は演奏を聴きに来ているのではなく指揮者の「世界観」を味わいに来ているのではと思ったほど!!
しかし、先に紹介したソロ演奏では「奏者の世界観を感じた」と紹介しましたとおり世界観は十人十色。
それが、オーケストラの編成の人数存在する訳でそれをひとつの「世界観」としてまとめあげる「指揮者の存在」というのは非常に偉大だと思うのです。
しかも、サントリーホールのパイプオルガンは配置上、指揮が見えない位置で演奏してますが、楽譜見ずに上のモニターで指揮者を見ながら演奏しておりました。
数十曲ある楽曲を狂いもなく明確に指揮者の意図する音を奏でていたのには「プロ意識」を感じましたね。
ここにきて気になったのがクラシックの録音環境。
自分はどのような環境で録音されているのかしりませんが、指揮者の「世界観」を味わうには指揮者に近い位置にマイクを配置するべきではないのでしょうか。
たまに、楽器にマイク付けて音拾ってCDで出す時にリミックスするみたいな作業が行われてますが、それっってもはや綺麗に聞こえすぎて「リミックスした人の世界観」になってると思うんですよね。
生で聴いた「指揮者」が奏でる演奏ではなくて


