転校、転職したことある? ブログネタ:転校、転職したことある? 参加中
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アメリカでは転職は当たり前だから、大学を出てから今の会社で6社目です。
Undergraduateの時代から働いていたホテルでは、ホテル内で3回職場を変えているし、一度は隣のホテルからオファーを貰ったら、慌ててカウンターオファーで新しい部署に"昇格”されたこともあります。まあ止めてくれなかったら、本当にお隣のホテルに移る気でいたので、はったりだけではなかったのですが、転職も交渉の武器として効果的に使う必要があります。

でも、転校は人生で一度だけです。でも、あのときが人生で一番ショッキングだったと思います。
5歳のとき父の駐在で海外に出たので、日本では2年保育の幼稚園に半年ほど通いました。
そして、英国系のインターナショナルから、小学校2年生の9月に帰国、地元の横浜市立の小学校に転入しました。そのときが実質初めて日本での学校生活の始まりです。
日本語は家庭で話していたし、漢字とかもドリルをやったりしていたので、会話も読み書きも問題はありませんでした。もともとの地元に戻ったので、家の周りのこともよく知っていたし、問題はないはずでした。
そんなことよりもショックだったのは。。。
1.徒歩で登下校、ランドセルに教科書がいっぱい入っているので重い。

治安の問題もあったので、学校の送り迎えは運転手さんを雇っていました。また、インターでは教科書は学校のものだったので、必要なときだけ、一冊持って帰るだけで、普段は手ぶらで登校。

2.朝礼:炎天下に整列させらて立たされたあげくに、軍隊みたいな行進までさせられる。

インターでは集会は屋内であぐらをかいて座る、集まるとき戻るときも、ばらばら。

3.先生には名前じゃなくて、苗字で呼ばれる。同級生には苗字を呼び捨てにされる。

幼稚園では、名前+ちゃんだったし、インターではもちろん名前で呼ばれていたので、苗字で呼ばれることが驚き!

4.休み時間のドッジボール

ドッジボール自体、なんだか知らない上、休み時間に皆一斉に校庭に駆け出して、地面に足をずるずるしてコートの線を引くことが衝撃!

5.給食当番と掃除当番

給食当番で生徒が自分達で配膳するのも驚いたけれど、嫌いなものを残せない上、みんなが食べ終わるまでクラス中が待っているので、プレッシャーが。
掃除を自分達でするっていうのはありえない!!!

6.防災頭巾と避難訓練

心の声:
こんなものかぶって歩けるか~。そのうえ、避難訓練のあとは緊急時の集団下校の訓練で、みんな集められた上ぞろぞろと列組んで帰宅しろって~。集まっているあいだに家につけるぞ~、帰してくれ~。

7.放課後のあそび

自転車には乗れたけれど、馬とび、縄跳び、ゴムとび、缶けり全て全滅。。。ルール自体が????
家のなかでの遊びも知らないもののほうが多いし、テレビではやっているもの、歌謡曲、すべて????
というわけで、はじめは誘われるのが苦痛で、半年ほどは同級生にはついていかれず、近所の幼稚園生に遊びを教えてもらってました。


そしてなんといっても、一番衝撃だったのは、

"ブルマー”  


私の小学生時代はまだ、あの木綿で出来た、かぼちゃをひっくり返したようなブルマーが主流だったのです。。。。8歳の私の感性でも、”これだけは、ぜ~ったいにありえない”と思っていたので、うちの母には紺のショートパンツを買ってもらい、どれだけ"ヘン~”とからかわれようとも、気にしませんでした。


(小学5年生ぐらいになるころには、かぼちゃブルマーをはいている子はもういなくなっていましたが、人のショートパンツを笑ったことも、みんなころっと忘れていました。)



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